第8話 スイッチ

「――――えっ」


 雷火が、化け物に食べられた?


 雷火が突っ込むと、化け物が大きな口を開けて食べてしまった。

 いや、食べてしまったって、ありえるの?


「ちっ、おい!! 逃げるぞ!!」


「え、う、うん」


 静稀が化け物とは反対側に走り出したから、釣られて走り出す。

 花子さんも同じく、私の後ろを付いてきた。


 顔だけを振り向かせると、化け物が迫ってきている。

 もっと早く走らないと追い付かれる!!!


「静稀!! 他に何かないの!?」


「悪いが、雷火が効かないとなると、現状使える手札はない」


「今までいろんな式神を使っていたのに?!」


「今までは時間を稼いでくれた人達が居ただろ? だから出せたんだよ。今は式神に法力をため込む時間がない。一気に入れ込み過ぎると、俺の法力の量だと逆に多すぎて式神が燃えてしまう」


 っ、そうか、今までは竹島家の人達が数名、一緒に退治をしていたんだった。

 だから、静稀の準備が整うまで時間を稼ぐことが出来ていた。


 でも、今回は私も花子さんも何もできない。

 せめて結界とかで時間を稼ぐことが出来たらいいんだけど、それすら出来ないし。


「────あっ」


 やばっ、突き当りまで走ってしまった。

 

 今は二階、階段を下がるしか避ける方法がない。

 でも、下に行っても外に出る訳にはいかないし、また突き当りまで走って今度は階段を上がって時間を稼ぐしかないのかな。


 花子ちゃんを一人残すわけのもいかないし、教室に入れば逃げ道が失われる。

 マジでどうしよう。


「ひとまず階段を下がるぞ!!」


「うん!!」


 体力も限界が近い、早く何かしら考えないと共倒れだ!!


『きゃっ!』


「っ、花子ちゃん!!!」


 やばい!! 花子ちゃんが転んでしまった。

 すぐ後ろには化け物が!!


『うぅ……』


「花子ちゃん!! 早くこっちに!!」


 手を伸ばし花子ちゃんを立たせようとしたけど、化け物が追い付いてしまった。

 ふるえる花子ちゃんを抱きしめ、化け物を見上げるしか出来ない。


 私達を見下ろしてくる化け物、口元がにやりと笑い気持ちが悪い。


『寄越せ、寄越せ。そなたの美味しい血肉を、ワタシに寄越せ!!!』


 大きな口が開き、口内が見えた。

 ブラックホールのような口内。一度食べられてしまえば、もう元の世界には戻ってこれないだろう。


 もう、逃げられない。

 せめて、花子ちゃんだけでも!!!


「静稀!!!!」


「っ、おい!!!」


 後ろから私達に向かって走ってきていた静稀に花子ちゃんをパス!! 

 うまくキャッチをしてくれてよかった。


 上から影が差す、私の人生はここまでか。

 もう、逃げられない。でも、でも………。


「髪飾り、見つけてあげられなくて、ごめんね?」


 私の身体を覆い隠した口が、閉じられ――………





『やっぱり、君は面白いよ!!』





 ――――――ザシュ!!



 後ろから、少し高めな少年の声。

 楽しそうな、ウキウキとしたような声が聞こえた。


 同時に、化け物から発せられる悲痛の叫び。耳が痛い!!


「っ、な、何が…………」


 振り向くと、化け物の顔がまっぷた……つ? 

 縦に切られた化け物が、左右に割れ床に落ちた。断面からは黒いモヤが舞い上がる。


 本当に、何が起きたの? さっきの声は?


困惑こんわくしているね、こんにちは。昨日ぶりだよ』


 カツカツと、足音を鳴らし私に近づいて来る少年。

 燕尾服えんびふくを身にまとい黒い手袋をはき、片手に銀色の刀を握っている。


 え、なんで、異世界への招待人がここに? 

 なんで、私達を見下ろして、笑顔を向けてくるの?


「なんで、あなたがここにっ──えっ……」


 こ、腰が抜けて立てない。

 見上げるしか出来ない私に気を使ってくれたのか、片膝をついて招待人は目を合わせてくれた。


『こんにちは!!』


「あ、どもっ……って、そうではなくて!! なんで貴方がここに。というか、刀? 私達には手を貸さないんじゃ、今のは?」


 ・・・・・・・・え、沈黙ちんもく


『何から答えればいいの?』


 あ、慌てすぎて次々質問してしまったから、何から答えればいいのは分からなかったのか。


『お兄ちゃん!! 怖かった!!!』


『あぁ、花子、ごめんね。侵入者しんにゅうしゃが来ていたことに気づかなかったよ。面白い人間に気を取られていた』


 花子ちゃんが招待人に抱きつき、泣き出してしまった。


 妹が居たらこんな感じなのかな。

 お兄ちゃんはあんな感じで、泣いている妹の頭を撫でてあげる。


 これが、兄妹なのかな。




 ジジジジ――――おまっ――ジジ――悪いんだよ――




 頭にノイズが走る、気持ち悪い。

 ノイズの中には、思い出したくもない、私の記憶。


 …………目の前に広がる光景、あんな兄妹、夢物語だ。


「美波、大丈夫か?」


「ん? 大丈夫だよ」


 やっと体が動くようになってきた。

 静稀の手を借りて立ち上がると、招待人も花子ちゃんをしっかりと立たせていた。


『それで、なにから聞きたいの?』


「えっと、今の化け物は何?」


 床でまだピクピクと動いている化け物。

 今にも動き出しそうで怖い。


『これは人の負の感情が集まった亡霊ぼうれい。様々な亡霊ぼうれいが集まると一つになり、このような化け物を作り出すの』


「そうなんだ。もう、動かないよね?」


『動かないとは言い切れないから、今のうちにとどめを刺しておいた方がいいかもしれないね』


「え、とどめ?」


 招待人が刀を握り直し、真っ二つになっている化け物に向かって行く。


『ここは僕の領域りょういきだよ? 勝手に入り込むなんて許せない、因果応報いんがおうほう、どんまいだよ』


 大きく振りあげられた刀、月の光に照らされている。

 化け物はいきなり怯え始め、助けを求めているような声を上げていた。



 ―――――シュッ



 ギャァァァァァァァァァァアッァアアアアアア!!!!!!



 っ、耳が痛くなる!! なにこの、甲高い叫び!! 


 今、化け物を斬っていないはず。

 床を叩きつけたように見えたのに、なんで化け物は痛がっているの!? 


 徐々に叫び声は小さくなっていく。

 まだ耳鳴りが酷い、微かな頭痛。


『ふぅ、他人の領域りょういきに土足で入り込んだんだ、このくらいはやられて当然だよ』


 きりになって消える化け物を笑いながら見る招待人。

 刀を肩に抱え、楽しそうに笑っている。軽くケラケラとしているのが本当に怖いよ。


『今度は、何を聞きたいの?』


「えっと…………」


 言葉が出てこない。

 この人は、何者? いや、七不思議なんだから常識に当てはならないのは当たり前。


 目の前に立つ七不思議招待人は、無差別におそう訳ではない。

 優しい雰囲気、優しい口調。でも、一度スイッチが入れば、この人は常識から外れる。


 異世界への招待人は、どんな人なの?

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