第4話 楽しみ
……………………。
「何も……」
「起きない?」
鏡がキラリと不自然に光ったけど、何も起きない。一体なんっ――――――
――――――バッ!!
「ひっ!?」
「美波!!!!」
鏡から伸ばされた色白の両手に腕を掴まれてしまった。まずい、鏡の中に引きずり込まれる!
静稀が私を抱きしめ何とか堪えているけど、足がずるずると鏡の方に近付いている。
これが、異世界への招待人!? 招待じゃなくて強奪じゃん!! 無理やり連れ込もうとしている!!
『――――――あれ、来ないの?』
「「へっ?」」
鏡の中からマイペースな少年の声、え?
見ていると、歪んだ鏡から両手だけじゃなくて、肩、頭、上半身と。どんどん一人の少年が出てきた。
最後に足を床につけると、私を掴んでいた手を離し、執事が着ているような燕尾服を整え、私達を笑顔で見て来る。手には黒い手袋、足元はお父さんが履いているような黒い靴を履いていた。
「あ、なたは?」
『ん? 僕を知っているからこの時間にこの鏡の前に立っていたんじゃないの?』
「え」
その言い方するって事は、やっぱりこの子供が、あの噂の異世界への招待人?
「お前が、七不思議になっている”異世界への招待人”か?」
『そうだよ! 私はこの世界に存在する人を違う世界へ招待するの。望む世界にね』
「望む世界?」
目をパチンとして、可愛く言ってくれた招待人、もしかして陽気キャラ?? というか、望む世界ってなに? 異世界じゃないの?
『この世界から、違う世界に招待。少しでも、この世界に存在する人が望む世界へ。それが、私のやる事。君達はどのような世界に行きたいの?』
腕を後ろで組み、笑顔で聞いてきた。
まさか、そんなことを聞かれるなんて思ってなかったから、考えてなかったよ……。どう答えよう。
「ここで断ることは可能か?」
『え? 断るの? それは特に構わないけど、本当にいいの?』
「構わない。今回は異世界に行くためじゃなくて、七不思議が本当だったのかを確認するためだけだから」
『ふーん』
きょとんとした顔。静稀は冷静に会話しているし、慣れているんだろうなぁ。
『それじゃ、君も?』
「え?」
『君も、今回は諦めるの? 諦めるのはいいけど、次また出会えるかわからないよ? それに、この学校からも無事に出られるかもわからない。異世界に行った方が楽しい人生を歩むことが出来ると思うよ?』
楽しい人生って、なんでそこまで言い切れるんだろう。それに、ここから出る事すら難しいって、どういう事?
「あの、どういうことですか?」
『この学校には私の仲間がいるんだよ。一緒に居ると楽しいんだけど、時々、気性の荒い子が侵入して来るんだよねぇ。もし、君達がちょうどその子達に出会ってしまっても、私は手を貸さない。無駄に呼び出されたわけだしね、私もさすがにただでという訳にはいかないんだ』
「そんな……」
『ふふっ、私はどっちでもいいよ。君達が決めて?』
そんな怖いことをニコニコしながら聞かないで……。選択肢なんて、あってないようなもんじゃん。
「わかった。なら、ここから俺達は帰る」
『へぇ、ここから抜けられると思っているの?』
「七不思議とかは専門外だが、これでも場数はこなしているつもりだ。舐められっぱなしなんて死んでもごめんだぞ」
静稀が私を抱き寄せながら言い切る。なんか、かっこいいじゃん。
『君もそれでいいの? 私は一切手を貸さないよ?』
「…………うん、私達は帰るよ。話を聞いてくれてありがとう!!」
私の返答が意外だったのかな、唖然としているような顔だ。
呼び出しておいて、確かにこれはないよね。私達が完全に悪い。
『ふーん、わかった。君達がそう決めたのならいいと思うよ、私は止めない。頑張って帰ってね』
「ありがとう!! 行こう、静稀!!」
「あぁ!!」
ここから入ってきたトイレまではそこまで遠くない。急げば十分以内には外に出られるはず。
静稀の手を握り、絶対に離さない。必ず、ここから抜け出してやる!!
※
ふーん、ここから本気で抜け出るつもりなんだ。今までも何回か異世界へ行くのを拒んだ人はいたけど、私が説明すると素直に連れて行けたんだけどなぁ。
男の子の方、普通の人間じゃない。そこに賭けたのかな。
さて、どうやってこの異世界から抜け出すのかなぁ。
『ふふ、少し見学させてもらおっと!』
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