34 最終話

《丘の上で》


旅にでも出てみようか。これはどちらともなく出た発言だった。

二人は、見るも無惨に焼け焦げた家を見て呆然としていた。

 グレーは薄々気づいていた。これは天が空から下している罰なのだと。

背中の左側に翼を付けたスカイが、丘の向こうの赤い空を眺めている。グレーは一つ頼み事をした。スカイはきょとんとしたが、すぐにいつもの笑みを見せた。

綺麗にしろよ、と念を押せば、グレーの背中で素直な返事がする。焼け崩れた家に背を向け、スカイがグレーの髪を切ろうとしていた。白いうなじに、冷たい刃がぴたりと当てられる。それは、不穏な一瞬だった。

「あれから、一年か」

スカイが長髪を少しずつ刈りながら、呟いた。不安になるほど濃く、ため息が出るほど幻想的な赤い空は、変わらないままだ。グレーは小気味いいはさみの音を聞き流しながら、スカイとの一年を思い出していた。

日常に潜む、小さくて細やかな出来事が、途方もなく愛おしかったなと今更思った。自分を引き上げてくれた人間のあたたかな体温と、生の匂いを、背中で感じた。

「他人に丸腰の背中を預ける日が来るとはな」

「何か言った?」

グレーの髪先が肩に触れなくなった。スカイの細い指先が、ワルツを踊るように髪を揃えていく。

「いろんなものが見たいなぁ。君の世界のことは、全然知らないから。僕の世界とどこまで違うのかな」

 春の穏やかな風が、二人の前に吹き抜けていく。丘の下に小さく見える市場の、その遥か遥か先の景色を、二人で捕まえに行くのだ。想像するだけでわくわくして仕方がなかった。

 これからどんなに悍ましい罰が降ったとしても、一緒に過ごした一年を恨むことはできない。その思いは同じだった。誰が二人を罰することができるだろう。

「はい、完成!」

手持ち鏡を受け取ると、グレーは、げ、という顔をした。スカイと同じ髪型だ。

「なんで同じ感じにしちゃうんだよぉ!」

わしゃわしゃと乱してみても、やはりスカイのように見える。こうして見ると、二人は似ていた。

「いいじゃない!双子みたいで」

ばっかじゃねえの、と楽しそうにグレーは笑う。

 グレーは二人分の鞄を膝の上に置いた。スカイは車椅子の取っ手を持った。パンパンに詰まった鞄の中にはリンネがくれたサンドウィッチとお金もある。

二人は赤い空に向けて歩み始める。不穏で幻想的な、名画のような世界へと。

「後で、君の本名を教えてね。グレーちゃん!」

「ばぁか。そんならお前の本名から先だよ、スカイちゃん!」

おどけたスカイに、グレーはくすくすと子供のように笑い、言い返す。

二人は、始まりの一歩を踏みだした。             




    END


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無罪の罪人たち〜元軍人と少年の話〜 お餅。 @omotimotiti

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