33

その時、遠慮がちな小さな声がして、グレーは振り返った。そこにはバスケットを両手で持ったリンネがいた。

「あ、お邪魔でしたか?」

リンネは窓の中のスカイがぽろぽろ涙しているのを見て、何かを察した。スカイは慌てて家の中に引っ込んで、ベッドのシーツで顔をゴシゴシ擦った。涙の淡い跡が染みついた。

外ではグレーとリンネの声が聞こえる。スカイは胸を打つ巨大な鐘の音を聞いた。甘美で、どこまでも優しい鐘の音を。どうやっても止まらない涙を嗚咽と共になんとか閉じ込めようとしながらも、心の中ではグレーの言葉が何度も甦ってきて、自分はこの場所に来れて幸せなのだと身体中が震えるほどに知った。

「実は、病気だった母が亡くなってしまったんです。独り身になってしまったので、ここを離れて仕事を探すつもりで、今日はお別れを」

リンネは口元に微笑みを称えていた。しかしその目は寂しさを映していた。家の中へと薦めたが、リンネは動かなかった。スカイのことを気にしていた。

リンネは側まで近寄ると、こんもりと積もった雪とグレーを見比べる。

「そうなのか、気の毒に。しかし、お別れが急すぎやしないか?随分世話になったから、何か礼をしたいんだが」

と真面目に言うグレーに、あろうことか小さく吹き出した。

「なんだよ、俺にだって感謝の気持ちぐらいあるんだよ!」

グレーはぷりぷり怒り始めた。リンネは乙女らしい柔らかな笑いをもたらして、頭を下げた。

「すいません。グレーさんが雪で遊んでいると思ったら、なんだか可愛らしくって」

遊んでいるという言葉に軽く恥辱を受けたグレーは、精一杯反論した。

「遊んでるんじゃねえよ!スカイならともかく!」

雪兎が半分できた段階から、少し楽しくなっていたことは、黙っておいた。リンネはゆっくりと話を始めた。

「私、母の介護と言う理由もあったのですが、それと同じぐらい、亡くなった恋人への希望を断ち切れなかったんです。いつか帰ってきてくれるんだって、絶対にどこかで生きているんだって」

肩に白いもやが降りかかってくる。また雪が降り始めたらしい。それは冷たい斜め風に乗せて、木枯らしの音に乗せて、二人の会話を彩っていく。胸がきゅうと締めつけられる。白に溢れた世界だ。

「その私の弱さを天使様は知っていらっしゃったのだと思うのです」

リンネはまつ毛を数度瞬かせた。それは彼女が新たな強さを手に入れる合図だった。

「お二人に会えなくなることだけが心残りです」

リンネがこの街を出る本当の理由は、この街を思い出にするためなのだった。



「・・・そうかな」

グレーはベッドの方をチラッと見た後、目を丸くしているリンネににやりとした。

「案外早くに、会えるかもしれないぞ?」



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