32

スカイは窓枠越しにグレーの背中を見つめている。怒っているだろうか、お前の助けなんて頼んでないと怒鳴られるのだろうか。それとも、ただ冷たい視線を送られるのか。

グレーが自分を救おうとして命懸けで尽くしてくれた、それに気づいたのは意識が戻ってやっと物が考えられる様になってからだった。

助けると決めてこの世界に来ておきながら、グレーの命を危険に晒した、と悔やんでいた。自分が来なかった方が、グレーのためには良かったのではないかとさえ思う。そんな思考を断ち切ったのはグレーの穏やかな声だった。

「お前が眠っている間、宇宙論の授業の話を思い出していた。この世界には膨大な宇宙があって、もしもの世界で溢れているんだって」

グレーは、あえて言葉を選んでいく。

「だから、別の世界から人間が来ることだって、無いとは言えない。そうだろ?」

少しの沈黙があった。スカイは、くすりと笑った。もう何もかも理解されていたのだ。

スカイはまっすぐと前を向いた。グレーの背中に告げていく。

「僕の名前は、テッドだ。君と全く同じ町で生まれ育って、途中までは全く同じ記憶を持っている。戦争が始まるまではね」

スカイは断言した。

「僕は、戦争がなかった時間軸の世界で生きてきたんだ。君という人間として」

スカイが天使様に望んだのは、別の世界のテッドの元に連れて行ってもらうことだった。

「君が、自分の声は誰にも届かないと言った時にさ、助けるって、誓ったんだ」

声が止む。空気がしんと静まり返る。白い雪が掌にじんじんする感覚を与えてくることさえ、今だけは忘れていた。

「辛かったな」

グレーが呟いた。

「言っておくが、俺じゃないぞ。お前のことだ」

スカイは目を丸くした。雪兎はとっくに完成していた。

窓枠の下へと車椅子を向かわせる。窓枠に比べて車椅子のグレーは圧倒的に低い場所にいる。手のひらで溶け始めていた雪兎を、両腕をグッと伸ばして窓枠に乗せる。耳がなければ兎に見えないような、不器用さが滲み出ていた。

足が動けばいいのにとグレーは久しぶりに思った。このまま立てたなら、スカイの目を見ながら話ができるのに。スカイが涙したとしても、それを拭ってやれるのに。

「お前はたくさん辛い思いをしたんだな。さぞかし迷惑をかけただろう。頭がおかしくなった俺の、悲鳴やら叫びやらが聞こえてさ。おまけに、俺が戦場で見てきたものを、お前にも見せてしまっていたんだな」

ごめん、とグレーは頭を下げる。スカイには死角なので見えていないだろうし、今自分が謝ってもどうにもならないということは知っていた。それでも、謝らなければ自分の気が済まないのだ。やっと上体を起き上がらせ、首だけをぐっと上げると、開いた窓の枠から、スカイの白い前髪だけが見えて、少し安心したがやはり歯痒かった。

「生きててくれてありがとうな」

もしどちらかが生きていなかったら、こうして巡りあわなかった二人だ。

しばらくじっと動かなかった。実を言えば、グレーは照れ臭くなってきて、次は雪で何をつくるかを考えていたのだ。

普段は青白い頬を、寒さと気恥ずかしさの両方で紅色に染めたグレーは、車椅子を押してスカイに背を向けた。自分はこんな言葉を言うような人間ではなかったはずなのに、と心の中で呟きながら。

いつもはなんでもないことでもペラペラ喋るスカイの唇が、動かないまま微かに震えていた。その瞳が熱に揺れて潤んでいたのを、グレーは知る由もなかった。

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