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《雪の日》


スカイの回復を待ち続けて二ヶ月が経った。些細な会話はできるようになってきたし、顔色もマシになってきたが、まだベッドから立てはしない。

目覚めたグレーは、窓の外が白いことに気づいた。穏やかな寝息を立てているスカイを確認した後、恐る恐る外に出てみた。そこは、一面雪景色だった。

「白いな」

そんな当たり前の感想しか出てこないほど、驚いていた。雪なんて、最後に見たのは幼い頃だ。その時の小さな自分が、今のグレーを知ったらどう思うだろうかと考えてみて、恐ろしくなってやめた。

ふと、ナルシズムな思考が生まれた。スカイの真っ白な髪と左肩の小さな翼が、この素晴らしい雪景色と同じぐらい素敵だと思ったのだ。グレーにしては珍しく、そのような考えを無理にかき消さなかった。スカイのお花畑の思考回路が写ってきているのではないかと思い、苦笑した。

 扉を閉めて雪が積もった世界を遮断した。するとスカイが上体を起き上がらせているのが見えた。思わず素直に喜んでしまいそうになったが、グレーは素知らぬ風を装う。

「まだ寝てろよ」

スカイは熱に浮かされたような、どこかとろんとした目をして言った。

「外、雪?」

急いで車椅子を回してスカイの元に寄り、肩に毛布をかけてやる。その所作はまるで、歳の離れた弟に対するもののようだった。グレーが側にいることに安心したのか、スカイは脱力して微笑み、毛布にくるまった。

「雪、触りたいな」

「何言ってんだ。まだ熱があるくせに」

スカイは不服そうな顔をして、しばらくじっとしていたが、グレーがおかゆを作り始めたのを見ると再び口を開く。艶のある白い髪と背中の片翼だけがいつもと違った。

「ねえ、雪兎が見たい」

グレーは振り返ると眉を顰めた。鍋がぐつぐついう音がこだまする。

「元気になったら雪なんていくらでも触れるだろう」

そう強気に言ったが、スカイが浮かない顔をしたために、調子が狂った。こういう時、スカイはいつも心底悲しそうな顔をするので、幼い子供を叱っているような、やるせない気持ちになる。いっそ文句を言ったり怒ったりしてくれれば、こちらも言い返せるのに。まあ、怒りをぶつけるなんて考えが浮かびもしないのが、スカイの良い所でもあるのだが。

「わかった、わかったよ。作ればいいんだろう」

するとスカイはパッと笑顔になる。やれやれと思いながらグレーはコートを羽織った。おかゆはまた温めなければならないだろう。

 どうしてもというので、グレーは家の中の窓を開け、自身も外に出た。スカイは窓際の椅子に移動していた。それによってグレーは、外で雪と向き合う姿をスカイに窓から監視されることとなった。

 窓枠からスカイの顔がのぞいている。辛そうに、吐息を漏らしている。その小さな身体は今にも折れてしまいそうで、グレーは、実は彼の中にまだ何か邪悪なものが入りこんでいるのではないかと不安になる。

「寝てろってば」

「やだ」

グレーは雪に阻まれてなかなかうまく進まない車輪にムッとしながら、やっと雪がたんまりと積もっている辺りまで来た。だいぶ森の入り口に近いところだ。頭上に大木がある所を見ると、木から大量の雪がどさりと地上に落ちて雪溜まりが出来上がったのだろう。車輪にはひっついた雪がぎしぎし音を立てて凍り始めていて、グレーはもうすでに汗だくだった。

スカイはその背中を、窓越しからじっと見つめている。

「君がちゃんと作ってくれるのを見たい」

わがままになったものだ、と思いながら、グレーは掌に雪をたんまりと乗せてみる。初めは心地よくひんやりとしただけだったが、すぐに指先がじんじんしてきた。一年前は自分の主張なんてほとんどしなかったスカイが、こうして願望を素直にぶつけてくるのは、正直に言って少し嬉しかった。

まず兎の丸い頭をこしらえた。スカイの視線を背中で感じている。片耳をつけようと再び雪を掬い上げた時、声を聞いた。


「・・・もう気づいているんでしょう。僕のこと」

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