28
「テッド」
女性が自分の顔を覗き込んでいる。
目に涙をいっぱいに溜めている。自分の母親だ。幼い頃に比べると少し痩せている。
これはグレーが14歳の誕生日に出征する、その前日の風景だ。はっきり覚えている。
イメージはベッドに寝ているらしく、手を伸ばして母親の頬の涙を掬い取る。これも覚えている。グレーはこうして、「ごめんね、戦争なんかに行くことになって」と言ったのだ。
しかし自分の口から出てきた言葉はまるで違うものだった。
「大袈裟だよ、母さん。少し熱を出したぐらいで」
母が言い返す。
「何を言ってるの!あなたは身体が弱いんだから気をつけないと」
そして、母の隣りに影がぬっと現れる。
「テッド〜、早く治さないと、父さん、お前の机に恥ずかし〜落書きをしてしまうぞ〜」
その姿は、紛れもなく父だった。
イメージは咳き込みながら父に言い返す。
「いつまで経っても悪戯のレベルが低いなぁ」
イメージは母の説教と、父のからかいの声に包まれている。
また切り替わる。
医務室というゴミ溜めの地べたでテッドは、地面に井草を敷いただけのベッドに横たえられた、グレーの亡骸の側に、座り込んでいる。
「よかったねぇ、よかった」
テッドは笑みを浮かべながら涙をぼろぼろ零していた。
「あのね、戦場で綺麗な百合を見たんだよ。君も来たらよかったのに。真っ赤な、素敵な百合が二輪並んでいたんだよ」
グレーを優しくさすっていた指先は、その胸元の赤い血溜まりにたどりついても、止まらなかった。テッドは自分の手に真っ赤な血がベッタリとまとわりついていることにさえ気づかなかった。ただひたすら、嬉しかった。理由もわからないのに、ふわふわした楽しい気分だった。グレーの真っ赤になった軍服の上に、白い髪が一本、舞い落ちた。テッドはそれを拾い上げると、ほう、とうっとりしたため息をついた。
そしてそれをグレーの顔へ突きつけた。食べさせようとした。グレーのすっかり青白くなってしまった肌は、いくら突かれてももう何も答えてはくれなかった。その血を吸った一本の白髪は、グレーの頬に、掠れたような血を移した。
「ほら、グレー、綺麗でしょ」
テッドの黒かったはずの髪色が、つむじの方から白く染まりかけている。
死ぬことへの恐怖など、本人にとって重すぎたショック経験は、心身に多大なる影響を及ぼす。さーっと川が流れていくように髪の色が抜けることもあるのだ。光景を側で見ているイメージは、そんな話を以前本で読んだと思い出した。
その時、ググ、とテッドの目が見開かれた。その叫びにどんどん悲痛な色が加わっていく。「ねえ」、「どうしたの」と必死でグレーを揺さぶっている。
白百合は濁りと混じり合う。
「神様・・・ッ!お願い、なんでもします!あなたが死ねというなら僕は死にます!だからグレーを連れて行かないでお願いです!」
テッドはただの医務室の薄汚れたテントの天井に向けて、爪が肌にくいこむまで強く手を握り締めながら、願う。乞い続ける。
見えぬ天上の存在に、何とかすがりつこうとしていた。
イメージは全てを、後ろから見ている。
それはまた変化する。
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