23
冬
凍てつくような聖の日がとうとう来た。
見るも無惨にやつれはてたスカイの側に、慈愛に満ちた天の光が近づく。グレーの片手には、小さな筒状のものがあった。矢が失われたそれを車椅子の座席あたりでかくした。
天の白い掌がしなやかにスカイの額に押し当てられた時、低い声が物陰から響いた。
「連れて行くには早いんじゃないのか」
天使様は振り返らなかったし、スカイから手を離すこともしなかった。
「あんたは、まだ刈ってはならない魂を奪い取っちまう天使様らしいじゃないか」
天使様は嫌悪に顔を顰めたが、それだけだ。
「本当にいいのか?天使様」
天使様は、遠い目をした。
グレーは高らかに笑った。
「・・・あんたは何をしても神に愛されないさ」
天使様はやっと振り返った。グレーは一歩も引かないどころか、更に天使様を睨みつけた。
「酷い言いようだ。たかだか人間風情が、この広い世界の何を知っているというのです?」
ピリピリと電圧が走るような空気があった。
「お前にはわからないことさ。良いもんだよ」
天使様の瞳が赤くぎろりと光った。冷酷な予感がした。それは室内の空気を侵略していく。
「俺を殺してもいいぞ?人間に危害を加えてもいいのならな」
グレーは無表情のまま言った。
天使様の黄金の首飾りや純白のローブが、ゆっくりと近づいてくる。木漏れ日のような淡い白髪は、グレーのくすんだ髪色とは似ているようで全く異なっている。しかしグレーは、もう天使様のことを美しいとは思わなかった。
「醜い邪魔者には天罰を与えても良いのですよ」
天使様の細い指が信じられない力で喉元に食い込んでくる。グレーは、溺れている時のような息苦しさに襲われるが、それでも見た目だけは平静を保っていた。天使様はそれが面白くないようで、瞳の中にサディスティックな色を湛えながら、グレーの喉の、動脈の部分をグッと押し潰した。どうしようもなく、うめき声を漏らすと、天使様は嗜虐的に嗤った。
「あんたは、ただ・・・逆恨みをしているだけじゃ、ないの、か」
蔑んだ目で天使様の顔を見回した。品定めをするかのように、まとわりつくように。天使様はあからさまに眉を顰めるがグレーの言葉に興味を抱いたようでもあった。人間の目を覗き込む。
「は?」
グレーは奥歯を噛み締めながら、腹の底でむくむくと湧き上がる喜びを無理に押さえつけた。餌に引っかかった。まんまと、乗せられてくれた。グレーは天使様の背後のベッドで眠っているスカイを、気づかれないようにちらりと見る。喜びは二倍に膨れ上がった。
天使様は一瞬怪訝そうな顔をした。グレーの目の色が急に自信のようなものを帯びたからだ。
言葉を放つ。それは天使様を逆上させるためだけの煽り文句だった。
「あんたはどれだけ尽くしても、人間のようには愛してもらえない」
天使様は目を点にした。その虹彩の中で、神様への激情がぶわりと巻き起こった。黒や赤の混じった、濁った想いが身体中に溢れ出した。グレーの言葉は、何千年も前からずっと気づかないようにしてきた本心だった。
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