18
グレーは老爺の、威厳ある瞳に絡め取られた。明らかに何か意味を含んでいた。
もう、天使なんていないと怒鳴り散らすことは、グレーにはできなかった。スカイの顔が胸の奥でチラつくからだ。
「・・・じゃあ天使の羽を奪い取って与えれば、助かるのか?」
そうすればスカイは助かるのか。
「そうじゃ」
あたりがざわめく。
「そ、そんなことを口に出されて良いのですか」
老爺のすぐ隣にいた、若い声が咎める。皆、俯いて怯えている。老爺は視線をまっすぐグレーに向けたまま、ふ、と微笑むだけだった。
「お前には、呪われた未来を背負う覚悟があるか」
老爺はじっとグレーを見据え、目を細めた。それはまるで刃の切先のように鋭く、うっかりすればこちらが萎縮してしまいそうなほど強い視線だった。
老人達が一斉にささやきだした。
「天上の存在に刃を向けるということがどういうことなのか、理解しているのか」「お前も天の罪人になる」「天国にも地獄にもいけない。死後何が待っているかわからないような闇の世界へ」「天罰がお前を苦しめる。お前は逃げられぬ」「その覚悟が必要だ」
覚悟。
「それが未来のために必要なものだ」
テントが静寂に包まれる。老人達は皆、グレーの決断に生唾を呑み込む。
グレーは、もう黙りはしなかった。
「耐えるのはもううんざりだ」
その言葉が、重い沈黙を破き、引き裂いた。グレーは真っ直ぐに、老爺の目を見据えた。老爺は、おや、というように片眉を上げた。
グレーの目の色がほんの少し変わっていた。いや、目だけではない。微々たるものだが、表情も身体つきも確かに変わっていたのだ。
逃げることへの反抗、強かさがその身に宿ったように見えた。どんな言葉よりも、その姿は頼もしく思われた。だから老爺は呟いていた。深入りはしないと頭では考えていたのに。
「・・・手紙をよこせ、何か困ったことがあったら。我々はいつでもこの場所にいる」
ところで、と老爺はきりだした。どうやって丘の上まで戻るつもりか、と尋ねられたグレーは、一瞬の間も無く、「登る」と答えた。怪しいテントの中で二人を囲んでいた他の老人の占い師たちは一斉に顔を見合わせた。そして老爺だけは大きく笑った。
「面白い頑固者よのう」
この老爺がそんなふうに声をあげて笑うことは、非常に珍しいことだった。結局グレーは、テントの中にいたガタイのいい占い師に車椅子を押し進めてもらって、かすり傷もないまま家に帰ることができたのだった。
グレーが帰った後、テントの中では誰もが騒ぎに騒いでいた。皆、老爺に質問ばかりして。
「どうして本当のことをおっしゃらなかったのです?」
「本当のこと、とはなんじゃ」
「あの人たちの本当のことです!はぐらかしなさったでしょう」
「・・・あいつは、理解せん。理解しようとしない奴が、どうして理解できる?」
老爺のその言葉で、皆一斉に黙り込んでしまった。
・丘の上の元軍人に向けた、老爺からの手紙
【天使様が次に現れるのは、おそらく聖の日周辺だろう。
天上の存在の行動が、最も活発になる日じゃな。
12月25日と、こちらでは読んでいる。
しかし、それまで現れないという保証はできん。
リンネという少女にこの手紙を渡せばいいのじゃな。
ちゃんと届くか少々不安ではあるが・・・。
寒くなってきおった。
スカイ君の顔色は良くならんようじゃな。
お前も身体には気をつけろ、何かあればまた手紙をよこせ。 】
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