13

 人生が終わる時、全ての思い出が頭の中を巡るという。今、グレーの中では鮮明なフィルムが駆け巡っていた。

生まれたのは小さな港町アメリーだった。母は優しかった。父は破天荒でユーモアのある人だった。グレーは一人っ子だったため、兄弟の代わりに白くて大きな犬を飼わせてもらった。名前をチャーチと言った。周囲に変わり者と思われていて友達は少なかったが、チャーチはいつでも幼いグレーを好きでいてくれた。休日は家族みんなで教会に行った。グレーはいつも世界が平和になりますようにと祈った。

12歳の誕生日に、父親とチャーチが戦争に連れて行かれた。犬は戦争に役立つのだという下衆な会話も声もはっきりと覚えている。どう役立つというのか。グレーは考えるのも恐ろしく、ただ愛犬の面影の消えた犬小屋で涙をこぼすしかなかった。

 それから一年もすると、周囲はすっかり戦争を肯定する雰囲気になった。学校のクラスメイト達が兵隊ごっこをしているのを見ると、グレーは吐き気がしてすぐに教室から逃げた。

父の遺骨が家に届けられた。優しかった母は廃人同然になってしまった。その目は常に恐怖に覆われていた。母はグレーが14歳で服役させられるということを知っていて、愛する夫を失った末に息子まで失うことになると怯えていた。

 若い男手は非常に歓迎される。報酬も支払われる。女性一人が生きていくには十分なお金だ。グレーが14歳の誕生日に服役を了承したのはひとえに母のためだった。決して国のためなどではない。それに、どうせあと一、二年もすれば無理にでも軍に入れられることは、分かりきっていた。

 軍隊の一部となって故郷から離れる予定の朝、広場にはグレーのような少年20人ほどが並んでいて、彼らの前には人だかりができていた。みんな軍隊を見送るために集まったのである。グレーはすでに帽子と軍服のコートを身につけていなかった。帽子は痩せた子供に、コートは年老いた浮浪者に譲ったためである。

胸に金色の勲章を五個付けた隊長が、公衆の面前でグレーを殴り飛ばした。母も見ている前だった。

「貴様は御国のために戦うということを舐めている!軍部と合流したら最前線に入れてやる!そこで敵に打ち勝つという尊さをよく学べ!」

グレーは凍りついた。他の少年たちは皆、戸惑いつつも、関わりたくなさそうな顔で俯いていた。それから起こったことは、忘れたくても忘れられないことばかりだった。なんとか死なずに済んできたものの、良い奴だった少年を何度も隣で亡くしたし、人だったとは思えないような死骸を山ほど見てきた。そのどれもが得体の知れない恐怖で顔を歪ませていた。これが明日の自分かも知れない、と一度思いだすと、気が狂いそうだった。そんな日々だ。


ぴくりとグレーの腕が痙攣する。まだ立ち上がることはできない。


 

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