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『まさか。そんなの、作り話だよ』。グレーの中にスカイの声が甦ってきた。

スカイの乾いた手のひらにグレーが触れた。冷たい空気の中、ぼんやりとあたりを照らす照明だけがあたたかかった。グレーはスカイが横たわるベッドのシーツを整えた。心配げな色を浮かべた瞳が、痩せたスカイを映している。

「飯にするか?」

スカイは弱々しく首を横に振った。グレーはキッチンをちらりと見た。昼間、スカイの為にと作った粥は、今日も少しだって減らないだろう。

あれから、一ヶ月、二ヶ月と、目まぐるしく時間が過ぎていった。これほどまで早い人生を、グレーは初めて体感した。

とにかく楽しい時間だった。スカイ特製の氷菓子を試食した。やけに美味かったのを覚えている。本の話や旅の話もした。

 秋になって、スカイの身体は気づかないうちに何かに侵食されていった。それに反してリハビリを続けていたグレーの両腕は、少しずつ回復していた。

スカイはただぼんやりと天井に目を映している。何十歳も老いたように見える。グレーはスカイから嗅ぎ慣れた匂いがすることに、気づかないふりをした。

「死ぬみたいだ」

スカイの口元がそう動いたのを、見たくなかった。

「死なないよ」

グレーの車椅子がガタリと動いた。彼はスカイの冷たい手をぎゅうっと握りこんだ。スカイは力を振り絞り、上半身をわずかに起き上がらせた。懸命に何かを伝えようとしていた。

 窓を木枯らしがカタカタと揺らす。

「何となく、わかっていたんだ。だけど、君を助けたかった」

言葉の隙間に寒さと熱が入り混じったような吐息が、スカイの口元から漏れていた。グレーは焦れてその肩を掴んだ。

「なんの話をしてるんだ」

スカイの焦点の合わない濁った目が、こちらを向いて、グレーは思わずぞっとした。

「ずっと、君の叫びが聞こえていた。うんと幼い頃から。君の声はね、全部届いていたんだよ。無駄なんかじゃ、ないんだ」

スカイの乾いた唇が、ぽつりと呟く。

「ごめんね」

 力が抜けてグレーの腕にもたれかかったスカイが、再びか細い寝息を立て始める。グレーはスカイをベッドに寝かせると、ベッドの柱に思いきり握り拳を叩きつけた。おかしくなりそうなほど、どくどくと巡る動悸はグレーの身体を追い越して、目眩まで引き起こした。

「何に対しての謝罪なんだよ、馬鹿」

もがくような声は、どこに届くこともなく虚しさの中に消えた。 


扉を開けると、グレーは眩しい光を顔面に受けた。影に包まれた室内をもう一度チラリと見る。ベッドの胸あたりが静かに呼吸をしているのをしばらく見つめて、心配を振りきって背を向けた。

「少し、外に出てくる。すぐに戻る」

グレーはこれから丘を車椅子で降りて、かなり下方にある市場へと辿り着かなくてはならない。丘の上にただ居座っているだけでは、スカイを助けることなどできないと思ったのだ。

「助けてくれる人を、必ず見つけてくる」

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