10

とある夕方。グレーとスカイは、外に出て夕日を見上げていた。丘の上から眺める景色はいつも良いものだが、夕焼けに包まれたそこは特に、二人のお気に入りだった。二人の遥か下にはぽつぽつと市場の屋台が見える。それ以外は草木か砂道だ。そして二人が見える最も先に、エメラルドのように輝く水面がある。海だ。それは太陽の光を受けて緩やかに波打っていた。

燃え上がるような真っ赤な太陽が、二人の目の前でゆっくりと水平線に入っていく間、二人は何でもないような話をしていた。グレーがいつになく良い気分だったのが移ったのか、スカイもよく些細なことで声を上げて笑った。赤とオレンジの入り混じった、シャワーのような光が二人と、その後ろの小さな家と、その奥の森に差し込んでいる。

「もしかして同じ町なんじゃないか!?」

グレーは大きな声を上げた。スカイがあげる町の特徴が、グレーの故郷に酷似していたのだ。

「だって、湖畔に洒落てるカフェがあって、そこのモーニングでは白キノコのスープが必ず出てくるんだろう?俺の町もそうだよ」

白キノコなんて、滅多に食卓に出てくるものじゃない。

「それに、町長が蛇を飼ってて、祭りの日はよく蛇を使った手品をしてくれたってのも、同じなんだ」

スカイは、なぜか急に静かになって、気のない返事をした。

「いや、一緒じゃないよ。世界にはたくさんの町があるもの」

光を真正面から受けた横顔では、その表情を明白に読み取ることはできなかった。

 何となく話が変わって、学生時代のことになった。スカイは今休学しているらしい。夕焼けが、霧のように薄い雲を巻き込んで、ずるずると海の中に沈んでいく。少しずつ夜の色が増えていく。太陽の顔が半分見えなくなった頃、二人の背後の空から流れてきた深海のような色が、オレンジの基盤と絡み合った。二人は、話をやめて夕空を見上げた。

『明と闇が愛し合い、その元に生まれるのが煌めく星々である』という詩を習ったことを、グレーは思い出した。空の中では小さな飾りのような星々が、何千、何万と集まって命を燃やし続けている。

「オリオン座だ!」

スカイの指さした先にははくちょう座があったのだが、グレーも知らずに、

「よく見つけたな!」

と喜んだ。そんなやりとりはしばらく続いた。もしリンネがこの場にいたら、逐一間違いを訂正してくれたことだろう。


「宇宙論って授業があったよな、覚えているか?」

グレーは空に目を奪われながら静かに尋ねた。

「宇宙論の先生は、教義の先生と二人で授業をしていた。どうしてだったんだろうってよく思ったもんだよ」

スカイは瞳を大空の美しさに吸い込まれながら、上の空で呟いた。

「神様が宇宙をお造りになったからだよ」

しかしグレーは首を縦には振らなかった。神様だなんて、くだらないと心で思っていたのだ。無意識の内に責めるような口調になりながら尋ねる。

「じゃあお前は、別次元説とか、天使が別世界を行ったり来たりするとか、そんな阿呆みたいな話を本当に信じているわけか?」

この世界には神が支配する宇宙がいくつも存在しているというのが、別次元説である。宇宙論の授業で一番初めに習うことであったが、神様を信じないグレーからすれば、お笑い草だった。

 太陽の光はどこにもなくなり、すっかり夜になった丘が残った。フクロウが森の奥で第一声を放ったと同時に、スカイはただ笑った。そして囁いた。

「まさか。そんなの、作り話だよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る