スカイは頭を何かで殴られたような衝撃に襲われた。

「何見てやがる、面白いか」

「だって、君」

グレーの身体は傷やあざだらけだった。不自然に変色したそれらは、まるで、身体を這う毒虫のようで、スカイは思わず目を背けた。グレーはなんとも思わなかった。というのも、今まで同じように目を背けられたことがたくさんあったからだ。もはや、やはり自分は醜いのだろう、とただ思うだけだった。

冷たい水が肌を滑っていく。腰から下は感覚がないので、水が伝ってもわからない。水はグレーの足の裏に触れている地面に、まっすぐに吸収されていった。元々白かったはずの二の腕が、焦げたように焼けていて、なぜだかおかしかった。

ふと見ると、スカイが怯えた顔をしている。

「そ、その肩の傷は?」

グレーの右肩の傷だけは、他の傷とは少し変わっていた。丸くて赤い跡がついてあり、その周囲をぼんやりとした縁が囲っている。

「レーザー銃でやられた」

グレーは珍しく素直に答えた。

スカイは今にも泣きそうだった。彼は苦手な食べ物を克服しようとしている時のような顔で、こちらを見ていた。グレーは思わず笑ってしまった。

「無理してまで見るなよ、変なやつ」

スカイは、また目を背けてしまったら、グレーとの間に山よりも深い溝ができる様な気がしていた。

「なんだか、花が咲いているみたい」

赤い中心とそれを囲う縁。スカイは、思わず正直に答えてしまって、慌てて口をつぐんだ。グレーは目を丸くした。自分の傷が、花みたいだなどと思ったことは一度もなかった。

グレーは吹きだして、くくく、と笑い始めた。自分では制御できないほどに愉快だった。

「傷が、花だって!?お前ってやつは、どこまでもお花畑の思考回路だな!」

スカイは燃え上がる様に顔を赤らめる。

「そこまで笑わなくたっていいじゃないか!捉え方は人それぞれだ!」

そう聞いてグレーの笑いが更に深くなる。それは普段の彼からは想像もつかないほど、健康的な笑いだった。

「はははは、ひひッ、ヒャハハハッ!」

森の動物たちが何事かと驚いてこちらを見ている。こんなに大きな声で笑い転げたのは、久しぶりだった。そのせいなのか、笑い出したら止まらなくなって、涙まで出てきた。スカイはとうとう怒って、グレーの顔にばしゃりと水をぶつけた。グレーは意地悪くニヤリと笑うと、口に水を含んで、スカイめがけて思いきり吹き出した。

「ぎゃあ!汚い!」

それはスカイのズボンにかかり、スカイは悲鳴を上げた。グレーは悪餓鬼のようににやりとした。

「怪我人相手に汚ねえのはどっちだ!」

二人の応戦は、バケツにたっぷりあった水が空になるまで続いたのだった。

スカイはびちゃびちゃに濡れたシャツを、物干し竿に吊るした。二人は、スカイがとってきたバスタオルにくるまって、隣同士で草原の上に寝そべっている。肌に草がちくちく刺さるかと思いきや、意外にも感触は優しい。さらに、日差しが少し弱まったので、なかなかに快適だ。

「こうしてやっと君に会えたのも、天使様のおかげだ」

グレーはあえて黙っていた。スカイのユーモアは一向に向上しないぜ、と思っている。

「教典の読みすぎかよ」

グレーは天使と聞いて戦場を思い出した。

グレーの故郷の国、グロスハイル共和国が世界大戦に巻き込まれたのは、世界平和条約が理由だった。北国エースフッチ民主国と、南国ヘイヴン帝国が戦争を始め、エースフッチ民主国と条約を結んでいたグロスハイルは、

戦争に加担せざるを得なくなったのである。

グレーの町、アメリーからも、若い男子や男性が集められた。

グレーは顔を顰める。いやでも思い出してしまう。震える両手で腕輪を抱いて、何度も必死にお祈りをした、あの頃のことを。






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