色とりどりの花が野に溢れ、川には清い水が流れ、動物達は森で暮らしていた。森の入り口近くの崖にぽつんと立った小さな家から、今日も怒鳴り声が聞こえる。

「いい加減にしろ!これじゃ、俺がやったほうがまだマシだ!」

スカイと共に住み始めて、数週間が経った。恐ろしいのは、スカイが来て家の中が一気に散らかったことである。

グレーは以前よりも神経質になって何度も怒鳴りつけるが、居候はそれに負けじと言い返してくる。今まで家事なんてしてこなかったのだという毅然とした態度である。

しばらくしてテーブルの上に、スカイ特性のグロテスクな何かが置かれた。グレーはこの数週間で、スカイの不器用さを学ばされたのだった。

 スカイは、自分が綺麗に整頓したつもりの室内をぐるりと見回した。以前はテーブルと、そこに付属する二足の椅子と、一つの窓とその前に配置された木の椅子、そして窓際の、足元を光が照らすベッドしかなかったので、つまらないとしか思えなかった。だからスカイなりの「飾り付け」が施されたのだが、それに満足しているのは本人だけだった。

 グレーの癇癪は一層酷くなった。スカイに心ない言葉を浴びせかけ、怒鳴り、ヒステリックに叫ぶなど、日常茶飯事だった。暴力がないのはグレーの体が不自由だからに過ぎなかった。

グレーはぷいと皿から目を背ける。

「誰が食うか、こんなもん。下手くそ」

スカイはガックリと肩を落とした。料理を作っても(それはとても料理とは言えないのだが)、グレーはほとんど手をつけてくれない。昔からあまり責められることもなかったためか、スカイはどうしても自分に原因があるという考えにありつけずにいた。

 その時、窓の端で何かが動いた。白い手が外側から窓を開けたのだ。スカイはすぐさま近づいて、ぬっと覗き込む。すると、きゃあという声がして、誰かが草の上にぼすんと倒れた。

外に飛び出すと、風がスカイの頬を撫でた。窓の下にいたのは、おさげ髪の少女だった。その左手には新しいカゴが握られている。スカイは少女を家の中に通した。グレーは少女を一睨みし、特に内容も無い文句を垂れる。何か一言愚痴を言わないと気が済まないのだ。少女は気の毒なほど怯えた。するとグレーはふん、と鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまった。

初めは泣きそうな顔だった少女も、スカイが優しく話すと落ち着いたようだった。彼女の名はリンネといった。彼女の瞳の奥には、ただのゴミと化した過去の幸せが燻っていた。

「僕が来る前から、食料を詰めた籠をここに運んでくれていたんだよね。ありがとう」


スカイは一週間前に見た、食材がいっぱい入った籠のことを思い出した。グレーに尋ねると素っ気なく、「うん」とか「ああ」と言った返事があるだけだったので、スカイは勝手に推測した。誰かがグレーの元に食料を運んできているのではないか。よく考えてみれば、車椅子のグレーが遥か下にある市場へ行って買い物なんてできるわけがないのだ。答え合わせがしたくて半ば強引に問い詰めると、グレーは渋々認めた。


 リンネは勧められるままに椅子に座ると、深々と頭を下げた。

「今まで勝手なことをして、申し訳ありませんでした」

スカイは虚をつかれた。気遣った方がなぜ謝るのだろう。

「戦争で恋人を亡くしました。丘の家にかつて軍人だった方がいらっしゃると聞いたもので、どうしても気にかかってしまって」

グレーはリンネの顔を見ようともしなかった。ただ腹の底から湧き上がる怒りがあった。

「俺に愛想良くしたところで、お前の恋人は帰ってこない」

グレーはリンネに冷たく言い放った。小さな少女の肩はぷるぷると震え始める。

「なんだって?」

スカイは、丘に来て初めて怒りを抱いた。

そんなスカイに、グレーはぴくりと眉間を細める。

「迷惑だ。この世界は利用しあうだけだ。お前らにはわからないだろうがな」

グレーの瞼の裏に住んでいる敵意が、意地悪く笑った。その瞬間、肉を打つ音がした。スカイがグレーの頬を殴り飛ばしたのだ。車椅子が派手な音を立てて倒れると、我を忘れていたスカイは一気に青ざめた。倒れたグレーを抱き起こし、自分が殴った跡に触れようとした。

「・・・ごめん」

グレーはスカイの手を、鋭い目線で拒否した。冷たい空気があたりに立ちこめた。

 その時静かに椅子が動いた。リンネが立ち上がったのだ。

「怖がらせてしまって本当にごめんね。よかったら食料がどこで買えるかだけでも、教えてくれないかな?」

そして意外なことに、グレーもリンネに尋ねた。

「お前、料理はするのか」

リンネはグレーの要望を悟った。

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