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主はスカイの寝息に気づくと、呆れた。よくもまあ初対面の人間の前で眠れるものだと思った。当然主は眠らなかった。また悪夢の中に行くのが恐ろしかったというのも、理由として、ある。
赤い空が帰ってきた。主は心の底から安心した。これで得体の知れない人間を排除できるからだ。窓から入ってきた深紅の光が、スカイをすっぽりと包みこんだ。その眉がぴくりと動いた。スカイもまた、眠りの淵から戻りつつあった。主はなんとか車椅子で前に進むと、冷や汗をかきながら両腕を伸ばしてスカイの首を掴んだ。二人は神々しいほどの眩さに襲われた。主の目に初めて映り込んだ青年は、絵の具で塗りつぶしたような黒の、ふんわりした髪をしていて、背が低く華奢で、自分と比べても幼い顔つきだった。
「殺してやるぞ、きっとやってやる」
ぶつぶつ言いながら、両腕に力を込めてみるが、スカイの呼吸は少しも乱れないままだった。主は絶望して、スカイの長いまつ毛が光で瞬くのを黙って見ていた。
「ん、おはよう。どうしたの?死んだと思ったの?」
そしてスカイは無邪気に微笑んだ。 二人の人間が向かい合っている。一人は悪魔のように鋭い目つき、もう一人は天使のように優しい微笑みを向けている。
「君ってさ、かっこいいよね。歴戦の戦士みたいで」
後者がなんの悪気もなく言ったことで、前者が激怒する。
「次同じことを言ったら八つ裂きにするぞ」
主がスカイを思いきり睨む。目の下の隈は酷くなる一方だ。スカイはこう言い訳をしようか少し悩んだ。「褒めたつもりだったんだ」
そして一瞬の沈黙があった。
「ねえ、なんて呼べばいいかな?」
「何を言っている。俺はお前とは無関係だ。これまでもこれからも!」
暗に出ていけと命じたのだが、スカイは言葉の裏について考えるタイプではない。言い返してきた。
「無関係じゃないよ」
「なら、どんな関係があるっていうんだ?説明してみろよ」
主は人とここまで長く会話をするのが久々のことだった。
「ほらみろ」
スカイは口をつぐんでしまう。その目は何かを訴えかけているように見えないでもなかったが、主は冷たくはねつけた。
「そんな目をしても無駄だ。今すぐ出ていけ」
「だめだよ、僕は君のお世話をして、助けるんだ」
その時、一つの仮説が浮かんだ。スカイには行く当てがないのではないか?主の世話をするという名目で、実は家に置いて欲しいのでは?
主は思考を巡らせた。生き延びるためには現実を見なければならない。今の自分は一人では何もできない。生きられない・・・生きられない者には死しかない。それだけは嫌だった。もうひとつ重要な事を考えてみよう。目の前の小柄な青年は、果たして主を殺し得るだろうか。彼の細い腕にそんな力があるとはとても思えない。それに家には護身用のナイフ以外、何一つ刃物を置いていない。そのナイフも主しか場所を知らない。もしもスカイが襲ってきたら、ナイフを使うまでだ。戦場にいた時から、ナイフを使うのはなかなか上手い方だった。主の目が自身の思いつきに満足して、一瞬だけきらりと輝いた。利害の一致、ただそれだけのことだ、と主は思った。
「――呼べ」
スカイは主の声を聞き逃した。主は目を伏せ、非常に嫌そうに、苦々しげにもう一度言った。
「グレーと呼べ」
スカイはパッと笑顔になった。安心したのだ。ただ、そこにあったのは喜びだけではなかった。
さまざまに混じり合う二人の感情は、一向に触れ合う気配を見せない。
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