誠実で純愛な獣②
「輪の耐久性を見誤っていた、クソ。金星に戻っても意識を弄れない。……せめて身体は回収しねぇと」
自分を振り払い、胸の奥にある何かを掴む。必死に動こうとしても立ち上がれなかったので金縛りなのだと直ぐに察して見る事しかできなかった。マズルカは魂に見える青い炎を引き抜こうとするが、緑色の何かが突っかかって引き抜けないらしい。
「……異物が入ってやがる。ダメだ、人間としての要領を魔力で補ってて無闇に魔力を弄れない。クレシャルフ家が何かしたのか……?」
「あっ」
雪国で見た異妙な光景そのものを思い出した。彼という人間が別の人に入れ替わっている様に見えていたけれど、希望と呼べそうな光を輝かせて強い意志を取り戻していた。……同じ様な現象が今起きている。気がする。
「私達を実験対象に入れてきているのか……やめた。そいつはお前の勝手にしろ。実験体に何か上書きをしたら私が消されるかもしれない」
「ご主人の身体は大丈夫なんスよね?」
「ストレス過多と忘却弾のせいで減った魔力を回復させているだけだ。寝かせれば起きるだろ。そいつは簡単に
「ご主人……」
マズルカは仕方なく帰ろうと壁にノックしたが、上空にいた雨読とスタンリーは武器を構えて止めに入る。
「北風殿。
「…………………」
「北風様。マズルカ様が2度と現れない危険性もありますし、天使を操って襲いに来るかもしれません」
「何かそっちの用事があるのかもしれなかったっス。ご主人も今話し合える時じゃないし、目当てはご主人だけなんスよね?」
「そうだ。そうでなければ天使の軍勢を連れて来ている」
「……なら自分は見逃すっス。何か用事があった様にも見えた気がするんスよ。それに、ご主人の安全が第一っス」
話の通じ合える仲間で良かった。自分の家族だったらこのまま殺しに掛かっていただろう。嫌そうな顔をしながらも、2人は武器を下ろして見逃してくれた。マズルカの方は呆れて息を漏らすが「助かった」と感謝をして魔法で呼び出した扉の向こうに消えていった。
「お兄ちゃんは大丈夫だった?!」
「グレイス、大丈夫っスよ。ご主人は眠って落ち着かせればいつも通りに戻れるって言ってたっス」
「よかった……けど家がボロボロだね」
「シルク邸にベッドの空きがあります。家の修繕が終わるまでよければどうぞ」
「ありがとうっス。お邪魔しますっス」
色々と引っかかる部分はあったけれど、彼が生きているのなら良かった。居なくなっていたら、自分も後を追って居なくなってしまっていたかもしれない。ご主人が起きるまで、家事手伝いするぞ。
■■■■
──シルク邸、仮眠室。
薄く張った埃を払って濡れた雑巾で床を拭いていく。咳き込んで喉を怪我したら辛いだろうと、グレイスと一緒に掃除をする。犬猿の仲だけど共通の目的があったら気が合うっぽい。
「魔力の補給はしない様に。安静にさせた方が安全に起きれる」
「わかったっス。……ご主人が早く起きると良いっスね」
「そうだね……」
白い涙は溢れたままで、時々拭き取っているけど止まっていない。辛かった気持ちが抑えきれなくてこうなっているのだろうけど、普段から無茶しすぎているのがわかって申し訳なくなる。
「俺は仕事が残っているからこれで戻る。兄さんの様子が見たかったけど仕方ない。……ケンカしない様にな」
「仲直りしたので大丈夫っスよ」
釘を刺す様に強く言って扉を閉められた。思いやりだろうけどちょっと重いなぁ。お腹を少し膨らませて安心して眠っている姿を見て嬉し泣きしそうだ。かわいい。
「
「……………………」
「遼くん」
「…………………………」
「遼君」
「………………………………」
「りょーちゃん」
「寝たフリしてるのわかってて言ってるよな……後、本名はやめてくれ。恥ずかしい」
嫌がっているけど嬉しそうに見えた。
獣人の耳と尻尾があったら揺れている筈だ。
「ご主人。自分に言う事あるっスよね?」
「本当に申し訳ございませんでした」
「違うっス」
「今後はしない様に致します……」
「違うっスね」
喧嘩した事に反省しているのか、自分が話していた事を怖く思っているのか。自分しかいないせいか悲しそうな表情を見せている。自分は全く怒っていないから大丈夫だよと顔を上げさせると、頭を撫でて抱きしめた。
「今日は一緒にねんねしたいっス」
「良いぜ。ちょっと狭いけどな」
普段自身の話をしない彼が成長した姿が見れて嬉しかった。揺れた尻尾と耳が止まらないままなのを見られてはにかむ様に笑う彼が見れて温かい気持ちにされた。
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