誠実で純愛な獣①

 殺す事には手慣れているけど、傷つけずに攻撃を受け流す事には慣れていない。自分に『この戦いは狩りではない』と突きつけられている。自分が傷付けば命に繋がるし、彼の体を傷つければ心に傷がつくかもしれない。最も、自分がそんな事したくない。


「ご主人、魔法の扱いは本当に上手いっスよね……多分パパと互角かそれ以上っスよ……!」

「褒めても出てくるのは攻撃の手のみだが?」

「外野は黙ってて下さいっス」

「貴様……」


 2対1になると流石に難しい。ご主人を巻き添えにして攻撃するだろうし、ブラックボックス何を隠しているか分からない状態では対処するのは苦難なんて物じゃない。雲1つ無い真夜中の下の地獄だ。


「雨読、兄さんとマズルカだ……!」

「アレで新技を試しても良いと言っていた。良いのか……!?」

「グレイス、雨読……はご主人じゃなくて向こうの人に当てて下さいっスよ!? また幽世に飛ばされたらたまったものじゃないっス」


「マズルカ様は私達にお任せ下さい。ニスト様をお願いします」

「スタンリー……わかったっス」


 3人のお陰で1対1になった。話が通じるのかわからないけど、傷付けなくて良いのなら話し合いたい。……自分に居場所を与えてくれた人だから。


「ご主人、ちょっと痛くするっスよ」


 強い衝撃を頭部に食らわせる事が出来たけど……右手がちょっと痛い。彼がふらついて動けなくなったので、両手・両足の順で捕まえて動けなくする。彼の上着の内側にあった魔道具が使える状態で良かった。


「……これで攻撃は多分できないっス。ご主人があの人になんて吹き込まれてるのか知らないっスけど、自分と離れ離れになったら自分もそうっスけど、ご主人が寂しくなっちゃうっス」

「…………………」


 涙が止まっていない。

 言葉も発さず悲しそうに表情を沈めている様に見えるけど、何か昔の事を思い出して後悔している様にも見てとれた。


「ご主人を縛る物があるのなら、自分が壊すっスよ」


 ただの直感だった。

『それ』が何だったのか全く知らないし、それが無くなってどうなるのか知らない。でも、それが彼を縛る物だという事はわかる。

──マズルカの動きがピタリと止まり、焦る姿が見えて確信した。


「お前 神格の輪を砕いたのか……!?」


 口の中に飴色の優しい味が広がり──昔の景色を思い出した。


■■■■


 初めて自分に悪口を吐いて、けなして、救ってくれた日だった。

 ニストが手を引きながらくれた飴の味。

 夕焼けの暖かい空に似ていて、冷たい心を解かしてくれた、黄金こがね色の飴。


「とりあえず、その身体綺麗にしようぜ。涙で凄い事になってるぞ」


 優しさを見せながらも「ここだった気がするんだけどな」と道が分からずに時々止まる足を見るのがとても嬉しかった。この人は悪魔みたいに悪そうな人だと思っていたけれど、背伸びをする人間らしい部分があって一生ついていけるなと思えた日だった。


■■■■

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