巷で人気のあの子③

──緩やかな月の光が睡魔を消しとばし、綺麗な鳥のさえずりが耳を通り抜けた。木陰も見えない程の闇世の中、北風が入り口のドアをノックする。


「失礼するっス……」

「北風殿。ある程度はストレスの発散をして、食事を与えておいたぞ」

「雨読!? あ、ありがとうっス……」

「では失礼した」


 嵐が通りすぎるかの様に雨読が外に出る。……自分は自分でできそうな事をするんだ。ノックをして、彼の部屋に入って──目が合う。


「「あ”っ、」」


 部屋が引き戸という事を忘れていた。ゼロ距離で何かに背中を押されたら最悪な状況になるのだけわかる。お互いに後ろに下がった。謝ろうにも気まずい雰囲気が場を作り出してしまっていて、謝ろうにも簡単に言葉が詰まってしまった。


「ちょっとずつでも良いと思うっス。急に弱い部分を見せなくても大丈夫なんスよ」


 彼は申し訳なさそうに視線を上げて「しかし……」とどもる声を漏らす。いつものシャッと胸を張った姿を見せるのが難しいのか、むず痒くなって、突発的に大きな声を出す。


「ニストは、弱いんだ……!!」

「っ……」


「獣人から見た『強さ』じゃない。人としての『認められない弱さ』が沢山ありすぎる……!」

「……続けてくれ」


 彼は露骨に嫌な表情を見せず目線の少し上を見ていた。

 出来るだけ優しい表情を崩さない様に震えた声を抑え、彼にとって平和で日常らしい優しい空気を、無理にでも保とうとしている。気づいているけど目を逸らしていた今までの自身の姿に向き合っているのだろう。


「自分はあなたを偉く言える立場じゃないっス。でも、たまには厳しさというのも大事で、それに気付いても簡単に変えれなくて、誰かに注意されないと気付けない時が多いんスよ」

「俺は……自分の非を今まで隠してしまっていた。お前さんに、北風に……見捨てられそうな気がしたんだ」

「自分はご主人の飼い犬っスよ? 離れる時はあるっスけど、必ず帰ってくるっスよ」

「ありがとう。今、生きてて良かったってすげー思ってる」


 彼自身の話はいつも聞かせてくれなかった。教えてくれた時はあったけど、事実に嘘が絶妙に混ざっているせいで本当の事を話してくれなかった。

──初めて彼の口から全て本当の事を話してくれた。


「ご主人、一緒に寝ません?1日空いただけでもちょっと寂しくて……」


「あぁ、俺も一緒に──」


 瞬間、白い閃光が彼の肋骨の下側を貫く。

 コマ割りみたいに下に動いて床に残った銃痕を追って、上を向いた。


「約束通り、何度撃っても効力が変わらない様にしておいたぞ」


 穴の空いた天井から金色の長い髪が落ちていく。女性……ではない。今は上にいる人よりも彼の方が大事だ。


「ご主人大丈夫?!」

「マズルカ、お前……即効性も追加しろって前から言ってた、だろ……!!」


 純粋な吐き捨てた暴言クレームとは裏腹に、彼は憎悪や深い怒りの感情と、知っている限り全ての魔道具を向けた。必死に自分の事を守ろうとしているのと、目の前にいるマズルカという人物を深く知っている事が良く分かる。動いた先全てにガラスの破片や魔法が当たっているが微動だにしていないい。あの人は、何か理由があって彼に会いに来たのか……?


「北風だったか、コイツから聞いてる。世話になったらしいな」

「ご主人をどうするつもりなんスか……!」

「元の姿に戻すだけだ。お前を頼らなくても生きていける優秀な個体の様にな」

「嫌っス……ご主人は家族なんスよ……」

「……お前もそっち側の人なのか。冷酷で論理的な思考が出来るレガート家だと聞いていたのだが、お前はそうじゃなさそうだな」


 彼の身体を持ち上げて担ぎ上げ、翼を広げて飛び上がる。空中で何かしているのだろう、彼の中に手を入れて1本の銃を取り出しているのが見えた。彼は浅く呼吸しているのが見えたが様子がおかしい。白く光る涙を流して、目を開けて昏睡している様に見える。魔力が暴走している時に近い。


「優秀な羽根と証を表す輪を思い出せ」


 あの人が唱えた通りに、人としての容量を越えていく。白い鳥に似た翼も白くて丸い輪も、彼が望む姿ではないと直ぐに理解した。悪魔の様に笑い、闇の様に暖かくて暗くて穏やかにしてくれるあの羽根を失った姿の彼は悲しく、切に幸せを願っているのだと感じ取る。


りょう、お前は本来の仕事に戻れば良い。無理に民と同じ様な生活に戻る必要は無い」

「…………」

「ご主人は自分の為に尽くしてくれたっス。だから今度は自分が返す番、っスよ」


 武器を掴んで両手を握って構えると、彼はぎこちなくも和傘を構えた。


 


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