巷で人気なあの子①
「ただいまっス。汗かいちゃったのでシャワー浴びてきても良いっスか?」
「…………」
寝てる。
「ご主人、お布団で寝ないと落ち着いて寝れないっスよー」
「ぁー……」
寝言っぽいものを吐いているのかな。返事したら危ないと言ってたから聞くだけにしとこう。……頬が膨れててちょっとかわいい。
「北風、行かないでくれ…………食べ過ぎだぞー……」
「痩せ気味の体型の人に言われたくないっスね……ほら、抱っこするっスよー」
人にしては体重が軽い。ご主人お得意の『魔道具のせい』かもしれないけど、そんなものをわざわざ付けるならベッドで寝て欲しい。運動不足で筋肉が正常に着いていないのがわかる。……もっとご飯食べてほしい。
「……ん、うおっ!? 北風……帰ってきたのか」
「ただいまっス。寝るならお布団で寝た方が良いっスよ」
「はぁー。昼寝だったんだよ」
「それで、ご主人。食べ過ぎって言ってたのは起きてから吐いた嘘っスか」
「長年の勘って奴か? それとも野生の勘?」
「両方っス」
体がいつもひんやりしてて、彼が生きている実感がない。幽霊みたいな存在の自分が生きてる人に言うのはおかしいかもしれないけど、生きてるのかな……って心配になる。
「北風、両手を退けてくれ」
「ご主人が自分に嘘吐くのを止めるまでは嫌っス」
「ちょっと、おい。痛いぜ?」
「ただのハグっスよ。静かにしてほしいっス」
彼は自然と自分に罪を擦り付けているのに自覚している。正直嫌だけど、受け止めないと生きていけない気がしていた。……今なら、離れても問題ない。
「ご主人は誰かに縛られてる気がするっス。自分以外の誰かに……」
「北風、それ以上探るな」
「だから、ご主人を……」
「イスカトーレ」
ニストが指を鳴らすと、大量のペイントナイフやサバイバルナイフを向けてピタリと動きを止める。タバコを吹き込むと、次動かす場所が全て見えてくる。窓の向こうの瓶や割れたガラス、写真立て……。
「ご主人、人に刃物を向けちゃダメって昔ご主人が言ってたっスよ。落ち着いてっス」
「……」
人差し指を下ろすと全てが定位置に戻った。髪の毛はココアみたいな薄い茶色から真紅の色に染まったままで、怒りが収まっていない。瞳も赤いままだ。
「ご主人が初めて自分を
「北風……しばらく1人にさせてくれ」
部屋に入って鍵をかけられた。帽子を取り忘れたのでノックをしても反応しない。仕方なく入口の扉ごと押して入ると、彼がぬいぐるみを抱いて丸くなっていた。ぬいぐるみから自分の匂いがする。
「……おやすみなさいっス」
額にキスをした後にそっと前髪を戻して入口の扉を元に戻す。……ドアノブ、機能してるか怪しくなってきた。
■■■■
外のそよ風に当たっていると、米俵を担いだ雨読に声をかけられた。何か問題あったのかとおにぎりを渡されたので、少しの悩みを打ち明けた。
「誰にでも1人になる時は大事だ。拙者のいた国でも、修行をしたり詩を歌ったり、話を書く時になる」
「自分も、趣味のために1人になってたっス。でも……」
「人は1人だけでは生きていけない、分かっていても再確認したい時は誰にでもある」
──「関わらないことも優しさだ」と、グレイスが昔言っていたのを思い出した。程よい暇を掛けて広い心を持てるようになれば、強く成長して帰ってくるかもしれないと。
「ニスト殿は人に秘密を明かす事に怯えているのかもしれぬ」
「そうなんスか?」
「北風殿がニスト殿に苦手な食べ物を振る舞われたら嫌と簡単に言えないのと似ているものじゃ」
「あぁーー……なんだかわかるかもしれないっス」
いつか話さないといけないけど、今は話せない・話しにくい時はあるよなぁと納得する。なら
「……向こうから声掛けてくれる自信無いっス」
「勇気のいる事じゃからな、致し方ない。拙者の家でよければ
「嬉しいっスけど……シルク邸に寄ってきたいっス。スタンリーに話したくて」
「手伝って欲しかったらいつでも声を掛けてくれ」
「ありがとうっス……!」
1度頭を下げて場を去ると、雨読は深刻そうな表情をして彼の家にノックを3回した。
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