「終夜世界ですれ違う」
自分の意思が大事だとは言ったけど
いつも通りの終夜。風は弱く、雨がいまにも落ちそうな湿った空で、北国から来る風がどこか柔らかかった。
「北風?」
俺が仕事で見慣れている書類の一つを持って、
「仕事を始めようと思うんです。すみません、今のお仕事から離れようと思ってて」
驚いた。いや、北風のついてみたい職業があるだろうと思っていたが、敬語を話していたのが久方ぶりで、感極まってしまった。
「ご主人様を泣かせる気は無かった……っスよ」
鼻にツンと痛むような感触を抑えて、飼いたての頃の彼を想起する。赤子の頃からではないけれど、小学生くらいの時から死んだ後も彼を育てているのは俺だ。
エゴも心の底に残っているにしても、一人の子供を育てられた思い出は一生続くだろう。
「敬語は止めていいぞ。行ってこい、お前さんならきっと成功する」
「良いんスか……!?」
「自立する時も大事だからな」
音楽関係には詳しくないが、仕事がある日にもたまに休暇を求めるくらい好きなら応援した方がいいだろう。手伝える事は運営という名の商売くらいだが、自分の手でやってみたいというのなら邪魔してはいけない……と、俺の勘が言ってる。
「場所はあるんスよ。だから、家から離れる時間が増えちゃうなって」
「俺はいつでもゆっくり待ってるぜ。そうだな、俺も試作品を沢山売ってみるか」
「……!!」
嬉しそうに尻尾を振ってウキウキに毛を手入れしていた。いつ頃に帰ってくるか知らないが、出来れば夕食は一緒に食べたいな。……怪我とかしないと良いな、だなんて思ってるのは愛情が重すぎるか。
「行ってこい。お前さんにとっての全力を出してくるんだ」
「行ってくるっス、夕食までには帰ってくるっスよ」
──バタン、と勢いよく扉を閉めて、静寂が辺りを満たした。
■■■■
爆音で並べられる音の羅列。一定ではあるが掴み取るまで時間が掛かる光に満ちた異常な海岸。
「……凄いっスね」
「お、新しい人が来たぞ! 北風だー!」
「同じくらいの年かな? 初めまして〜」
「あ、あわわわわ……」
視界に埋まる、人、人、人。人の波。インターネットと呼ばれる電子の海を人の手で再現されたユートピアみたいな世界を手でかき分け、新しい友人を見つける。ここは幽霊も人間も区別なく生きていける場所らしい。
「さて、頑張るっスよ」
知っている限りの知識と魔力の限界を捧げて、1枚の板の上で音楽を作り出す。興味を持った人の数は少ないが、初めて知った人からの歓声。彼に褒められるのとは違った嬉しさがあって嬉しい。……曲が終わった頃には20人くらいが集まってくれた。
「昔を思い出したぞー!」
「格好良かったよな」
「おつー」
「ありがとうございましたっス」
1礼すると奥の方でかなり盛り上がっている姿が見えたので向かうと、日が暮れてしまいそうになるまで楽しめた。
■■■■
「
最初は趣味に充てられる時間も余裕もなければ、品性や常識も無かった。文字の読み書きもある程度教えた。……俺が居なくてもそろそろ問題なく生きていける、潮時ってのが来たらしい。嬉しい様な、悲しい様な。
『──それで、お前は何をするつもりなんだ?』
「……忘れてたな。お前の存在も」
見えない、声だけでイメージできる幻聴。いつまでも俺から離れない……
「俺の幸せを邪魔しようと言うなら、帰れ」
『私はまだ諦めていない。お前のせいでこっちの世界は処理しきてなくなっている』
「追放系なろう小説の真似か? 笑えるな」
『お前が育てた子供も、結晶も、武器として十分な量ではある。が、右腕が戻ってこないと満足しきれない」
「人を
『……
人として大事に育てていた子供を、ただ力が強いだけという理由でゴテゴテの機械くっ付けて自由に生きれなくしている奴に言われたくない。本物の家族じゃなくても、そいつには安全に生きれる居場所が必要だった。それだけでこうだ。脅しにも程がある。
「俺は、俺はまだ──……」
単語として出そうにも、ショックが大きすぎて言葉が喉に詰まる。幻覚だとしても訴えないといけない。今後生きていく上で必須とも言える。
『あの件は、私に非があったと認めている。それよりも、お前の心に残ってしまった深い傷を……』
「黙れ、やめろ。優しくするな。そして話しかけるな。無視された方がまだ良い」
『…………』
ふっと消えて、また静かになった。
……ベッドで眠るのをやめて、今日はソファで寝る事にした。
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