豪雪の国に火を灯す 終幕

「は、ははは……完成した!! 拒絶反応も無く寄生ができる個体だ、実験は完成したー……!」

「ご機嫌な所悪いが……タバコの火には気をつけたほうがいいんじゃないか? おっと。間違えて地面に落としてしまった」


 山積みになった研究資料の内の1枚に引火し、燃え広がる。1枚。また1枚と。時計の針は止まらず、火は治らなかった。


「……この実験の意味を知る人はもういないだろうねー。でも、この偶然の産物が私や君達の人生にどの様に関わっていくか、私は観測しなければならないんだよー。だからさ、死んでくれないかなー?」

「一方的に殺されるだなんてそんな……俺はそんな物では気が済まないぜ」


 スカルチャは人と人外を掛け合わせた生物を呼び出した。実験の過程で生まれた人だった者だろう、安らかに、躊躇ちゅうちょなく殺せる。


「ギィィイイィィイィ!!!」

Deadデッド Copyコピー……!」


 上着の内側に隠していたナイフを意識し、タバコの煙からナイフを複製した。突進してくる異形に合わせて素早く反応し、複製されたナイフを手に取る。ただの刃物だとしても、力を込めれば生物は殺せるだろう。

 ナイフを振りかざし、一瞬の隙を突いて攻撃を加えた。


「北風の魂を返して、グレイスの体を元に戻せ。それと、グレイスの兄を無理矢理殺してた分も返せよ!」

「まだ個体は居るからさー。……まだ動けるよねー、やってよー」

「無視するなよ、まだ奥の手は使ってないぜ?」

「……何ができるのー? 禁術なら幾らでも払えるよー」


「禁術を封じれるかもしれないし、そうじゃないかもしれないな。──Deadlyデッドリー Choiceチョイス。」


 パチンと指を鳴らすと、後ろに門が現れて開く。

 数日前まで見ていた、あの門だ。


「この門、幽世の……いや、本物ー?」

「お前さんは『扉を開くor閉じる』、どちらかを選ばなければいけない。閉じる時は鍵を選んで閉める。閉じるんだったら、掛けていた禁術は全て解ける。囲まれるわけだ」

「………………」


 偽物だったら放置すればいい。だが、門が本物である可能性を考えると、閉じることで禁術が解けて囲まれるというリスクが存在するだろう。

 スカルチャは苦悶の表情を見せて黙り込む。


「どうするんだ?  俺に拒否権は無いからな、どちらでも好きに選べばいい」

「………………」

「早く選ばないと研究資料が全て燃え切るぜ? 一酸化炭素中毒になって死ぬかもな」

「この悪魔ァー……!!」

「褒め言葉か?ありがたく受け取るぜ」


 彼女の表情は歪み、唇を噛み締めている。俺は無言で彼女が選択するまで待ち続け、彼女の様子をじっと眺めた。しばらく悩んだ結果、彼女は鍵を手に取る。


「……閉門」


 その瞬間、目の前にあった巨大な門が音を立てて消えていく。同時に魂達が元にあった体に戻っていく様子が見えた。同時に異形達の動きは止まり、生物の本能のままに動いていた。壁を這いずり回ったり天井の隙間に逃げたりしている。


 やがて、完全に門の姿が消えると魂達は散って行き、研究資料は全て灰になって燃えきってしまった。


「さて、これでお前さんの研究とやらは潰えて無くなったな」

「殺すんだよねー? もう目的は無くなったんだしさー……でも、やっぱりまだ死ねないんだよねー……!!」


 スカルチャが手を伸ばす。体が引き付けられて動けない。このままでは捕まってしまう。しかし、スカルチャはニヤリと笑みを浮かべた。


「……ご主人と心中するには三千世界も早いんスよ!!」


 体を取り戻した北風が背後に回って思いっきり首を噛みちぎった。それと同時に、俺は束縛されていた力が解かれて自由になった。地面に倒れ込み、急いで立ち上がる。


「やるわけないと思うが、食っちゃダメだぞ……」

「やらないっスよそんな事」

「トドメまで任せてもいいか?」

「勿論っス」


 血を流しながら、スカルチャは必死の形相で逃げようとする。だが、すぐに追いついて捕まえられた。北風の爪が彼女の喉笛を引き裂く。結構グロいので見はしなかったが、北風の正気を感じさせない声色を聞いているだけで察した。


「魂と体を引き剥がせたのでもう大丈夫っス! 撫でて撫でて〜」

「体を綺麗に洗って口をゆすいでからな」

「お兄ちゃん……」


 グレイスは元に戻れたらしい。兄が居なくなってしまって悲しんでいるかもしれないので、せめて隣で話を聞いた。俺ができる、精一杯の接し方だ。


「グレイス、北風。帰ろう」

「はいっス」

「うん……」


 何も残らなくなった研究者と小屋を残して、自室に戻った。

■■■

──それから2時間くらいだろうか。

 記憶の一部が抜け落ち、人生の全てが思い出せなくなったのは。北風もグレイスも、教祖とやらも、全員。記憶する能力が退化してしまった。多分俺が解放した奴の影響だろうな。


 最低限の記憶は残っているし解決も調査もできないので、この話題に関しては何も口を出さない様にした。


「北風さん、ニストさん、そしてグレイス様……大変申し訳ございませんでした」


 教祖は食事を振舞ってくれた。今後はこの様な重大なミスを起こさない様にすると誓っていた。食事が美味しいから問題ないと北風は言っていたので、俺はもっと美味しい食事の作り方を教えてやった。


「さて、そろそろ帰るぞ。調査した結果に関しては……頑張れよ、俺はそういうのを書くのが嫌いだからな」

「頑張るよ」

「北風、荷物積むのを手伝ってくれ」

「はいっス!」


「……なぁ北風、もう少し隣に居ても良いか」

「良いっスよ。ご主人が安心してくれて嬉しいっス」

「お兄ちゃん、俺も一緒に居て良いかな」

「勿論だ」


──雪の積もる地面を溶かしてしまいそうなくらいに強く揺らめく灯火を背に、船は出航した。






 



 

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