ト『ラ』ンスフォルマ『シオン』
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──何十人もの魂が蠢いているのを感じる。視界は黒く、音も聞こえない。しかし、自分の身体を見れば、その黒い何かが自分から流れ出ていることがわかる。
冷たい、と死ぬ時に感じるが、生ぬるい水に触れてただ眠りを待っているだけに感じている。今はまだ、死んでいない。幽世に飛ばされた時に感覚が近い。
──”ニスト、に、すと”
誰かが俺を呼んでいる。大量に流れている魂の、ほんの片隅に残っている小さな声だ。敵意はなく、ただ呟いている。
「誰だ、ニストは俺だ。誰が呼んでいるんだ」
──”弱、いよわい。お前は、弱い?”
「俺は弱くない。現に今こうして生きている」
──”君が、自分で言ってる、君は自分が弱いって認めてる?”
体の中に残った記憶を見ているのか? 詳しくはわからないが、記憶の中で色濃く残った景色が周りに創られていく。ダークウッドに囲まれた壁や床に、イーゼルやソファ。俺の家だ。
「それは……」
──”北風、可愛い? かわいい……愛おしい? 愛?”
子供の頃の彼だ。黒い人が抱きかかけてじっと見ている。恐怖を与えたい気持ちは無さそうだが、どうしてもあの研究者に入れられた物だと感じて簡単には受け入れられない。
「……可愛いだろ、頑張って育てたんだぞ」
──”もふもふ? 優しい、一緒に。居たい?”
「俺はあいつが居ないと悲しいんだ。どんだけ強く見せても、実際に強かったとしても、辛いぜ」
──”よしよし”
撫でられている。手の感触はない。だが、どこか暖かい。学習しているのか……?
──”ニスト、北風、名前。おれ、名前?”
「名前が欲しいのかよ……困ったな、お前さんがどんな風に生きていたいか分からなくてな……」
──”絵、見るの好き。音楽、好き。ニスト?”
イーゼルに描かれた絵画を指差す。昔、趣味で書いていた医者の姿だ。凄く機嫌が悪そうで、今にも罵倒を投げてきそうに見える。その姿を見て何か思い出したのか、ポッと言葉を吐く。
「……ラシオン」
──”名前?”
「あぁ、そうだ。お前さんの名前だ。ラシオン。お前さんはラシオンだ。ちょっとだけで良い、少しだけ、話し相手になってくれ」
──”うん。話も記憶も、他の人よりも面白いぜ”
口調を寄せてきやがった。人工知能と話しているみたいで面白いな。北風が俺の身長を越すまでしつけをしていた頃を思い出す。
「俺は大事な北風やグレイスを助けたい。そして、この国を少しでも支えてやりたい。無理なら、俺の話し相手になり続けて欲しい」
──”話し相手になるのは、なんでだぜ?”
「可愛い北風に心配されるのが情けない。そんだけ」
──”北風の為にも、頑張るぜ”
「ここがどこかは知らないが、俺の体であるのは間違いない。精神世界かもしれないし、俺の空想の世界かもしれない。だが、俺の魔法は扱える筈だ。手を貸してくれ。魔法の扱い方を教えてやるぜ」
ラシオンは所々に絵の具が付いた白衣を着てじっと見ている。緑色の瞳に、機嫌のいい猫の目。顔つきは俺と同じなのにどこか気に食わない。
「目を閉じろ。周辺にあった物が1つにまとまって光を作り出しているイメージをするんだ」
──”……出来たぜ”
「それを力を込めてもう一度出せ。名前は好きにして呼べばいいんじゃないか」
──”……──
星々の様に散らばっていた魂が1つに集まっていく。意識が1点に集まり、膨大な量の記憶が繋がって大量の新聞が生まれ、散っていった。
──”皆の記憶を見て、知って、学んでくる。どこかで1人の人として生きれる様になったら、またその時は話して欲しいんだぜ。これは、その為のささやかな贈り物だぜ。どうか、生きて欲しい”
ラシオンは俺の背中を押して、優しく抱きしめた。
膨大な量の魔力が底から溢れ出してきそうだ……!!
──”ニストは1人じゃないんだぜ。どうか、生きて欲しい。”
「仕方ないな……ちょっと本気出してやるよ」
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