雪月の光明②

──見た目も、肌も、全てが寒い。

 暖かそうなのは北風の服くらいだ。内側がモフモフしていて、フードの部分がファーになっている。換毛期の北風の抜け毛と動物の毛皮を合わせた冬用パーカーを作って良かった。


「北風、警戒は解かなくても良いが攻撃はしない様にな」

「わかってるっスよ。ご主人が傷つく方が嫌っス」


 グレイスが先頭の後ろで連れられている。きっと、複雑な心情だろう。

 故郷で死にかけて、助けられて、戻ってきたら「待っていました」と言わんばかりの連行だ。──せめて歓迎してほしかった。不穏な空気しか感じられない。


「……着きました。我らの唯一の街です」


 氷でできた扉を軽くノックすると、扉が割れて入り口が開いた……と思ったら、また奥に同じ扉が見えた。2重扉で暖かさが逃げない様になっている。技術者がいるのか?


「予想以上に賑やかだな……」


 暖かな灯りが街全体を照らし、人々の活気が感じられる。通りを行き交う住民達は厚手のコートや帽子に身を包み、寒さに備えている。街の奥に見える大きな教会が目的地らしいな。


「ここだ……覚えてる。故郷だ」

「だがここは地下だぜ?なんで地上に……」

「それを今から説明するのです。ではこちらに」


 教会の扉を開け、壇上に彼が連れてかれる。

 私服を着た信徒達は一斉にこちらを向き、拍手をして迎え入れた。……歓迎されたいタイミングが絶妙に違った。最悪だ。


「『つなぎ手』だ! 繋ぎ手様が帰ってきたぞ!」

「『手』を連れてきてくださったわ!」と口々に言っている。動画でよく見ていた、胡散臭い教祖様を見かけた時の反応に近いな。


「……コホン、皆さん静粛に。雪月の光明に来てくださりありがとうございます。来てくださったお二人には知らない事が多いでしょう、説明を致します」

「頼むっスよ」


「我ら『雪月の光明』はここ、極寒の地を支え、繁栄させるために存在する宗教です。民と民が支え合う『手』として、生活していかなければいけません。その為に家族を1つ選んで他の大陸に出向くのですが……そこにいる『繋ぎ手グレイス様』は外に出て生活をしていたのです。仕方なく様子を見ていたら大寒波に襲われてしまいまして……」


「……それで、何するつもりなんだ?」

「歓迎ですよ。お腹も空いて体力も無くなってしまったでしょう、宿も取っていますので、良ければご一緒にお話がしたいのです」

「わかった。ただ警戒心が解けてないからな、拒否するかもしれないが良いか?」

「勿論です」


 寛大過ぎて逆に怪しい。……だが、言っていることは嘘ではなさそうだ。彼が大事にしていたとされる物を後で見せてもらったが、ぬいぐるみやスケッチブックに血の匂いや破られた形跡などが無い。帰ってきたら返す予定だったのだろう。


「極寒の地の中来てくれたことに歓迎して、いただきます」

「いただきます」


 ボルシチと、パンと野菜の盛り合わせ。至って普通の料理だ。

 同じ鍋から分けられているので毒が入っているなら全員に行き届いているが、問題は無い様に見える。パンも多少の魔力は入っているが小麦の匂いを引き立てているだけで特に危険では無さそうだ。


「このパン美味しいっスね、この小麦はどこで採れたんスか?」

「別大陸から手に入れた土を集めて畑を作りました。他の国に比べて劣っているかもしれませんが、美味しいでしょう」

「ボルシチに入っている牛肉……もしかして畜産もやっているのか。こんな環境下ですごいな」

「育てるのが大変でしたよ。信徒の方々に協力してくださって」


 熱心で正義感に溢れた努力家な教祖様だな。怪しい点は見当たらないが、気になる点はまだあるので食事が終わってからも調査をしてくるか。──ご馳走様でした。


「……さて、部屋も調べておくか。北風、行ってくる」


──弊所よし、死角よし、魔道具を置いても隠せそうな部屋だ。

 最悪敵が現れても問題なさそうだな。ちょっと硬い布団と磨かれた氷の机が欠点だが、歓迎してくれているんだ。良いだろう。


「──さて、食後で眠いし一度寝るか……」

■■■

「ご主人ー、ご主人?もう日が落ちてきてるっスよー?」


 空になった皿を置いて席を立つ。口元を拭かないと注意されてしまうのを忘れていた。……よし。どこにいるか探して飛びつこう。


「……グレイスも居ないっスね、どこ行ったのかわからないな。ご主人ー、襲われてたら叫ぶんスよー。お昼寝してるんスかね……あり得るっス。かなり緊張してうだろうし」


 狭い廊下を渡るとご主人の姿が見えた。狭いベッドで眠っているが……誰かいる。

 私服の教徒か? まさかご主人を襲おうと……止めないと。


「誰っスか、ご主人を襲おうと……」


 目の前に現れた姿は人の身体を持つ異様な生物であり、背後には蜘蛛の足が伸びている様子が見えた。人間と蜘蛛が奇妙な融合を果たしたかのようたった。一般的な成長の過程でこんな生物は実在しない。……危険だ。


「ご主人を傷つけるなら許さないっスよ」


 ゆっくりと動き回り、その足を使って優雅に進んでいく。足が蜘蛛の特徴を持っているせいで、不気味な動きが目に焼きついて離れない。それぞれの足は長く、細く、関節が曲がっており、まるで触手のようにも見えた。

 攻撃をするのか構えたが、相手は攻撃をせずこちらを見ている。調査を目的が目的なのかな……。


「ニ ベリシャ カ コガ」

「…………」


 瓶を取り出してご主人の左胸に近づけたので、直ぐに手で払い除けた。

──瓶が割れた。奴がじっとその瓶を見ていたので不意打ちを喰らわせようとすると、急に体が軽くなった様に感じた。おまけに自分の姿が見える。

 奴は割れた筈の綺麗な瓶を抱えて去っていく。何が起きているのか理解できないまま、視界が引っ張られて体だけが置いてかれてしまった。


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