「豪雪の国に火を灯す」

極寒地帯を調査する、と聞いて

 北風が眠っていたので、最低限の荷物で静かに扉を閉めた。

 『午前・午後』から『あかつきよい』に変わって、今の世界は色々とややこしくなってしまった。年中日が沈まなかったり、雨が止まなかったり、日が昇らなかったり。

 俺が今いる国、『終夜よもす』は日が昇らない幻覚まみれの世界だ。


「お、レンガの床が敷かれてる。街灯もいつの間にか出来てるな……」


 何処までが幻覚で、何処からが本物かはわからない。『シルク邸』と呼ばれているものが実在しているのかは謎だが、大量の幻覚の中にアジトや隠れ家を隠すには丁度いいだろう。

 ■■■

 グレイスが教えてくれた場所はここで違いないが……豪邸じゃないんだな。マンション全体がその名前なのか?と思う。多分そうだ。

 シルク邸の扉を開くと『チリンチリン──……』と鳴った。


「いらっしゃいませ、ニスト様。3階の仮眠室でグレイス様がお待ちしています」


 煌びやかなカウンターバー、色とりどりで鮮やかなカクテル。バーテンダーが巧みな手つきで調合し、飲み物を提供する様子はまるでアートの様だった。

 北風よりも濃い水色の髪。小学生くらいの低い身長の彼女がバーテンダーらしい。可愛らしい三つ編みが特徴だが、目の下にある線は……メイクか?


「ありがとうな。えっと、お前さんは……」

「『怠惰』を担当します、スロウス・スタンリーです」

「スタンリー、3階への扉は何処にあるんだ?」


……あら?と首をかしげた。気絶のショックで無くなった記憶の影響はこんなにも強いのか、と頭を抱える。

 カウンターの奥にある扉から迎えますが……もしかして忘れてしまいましたか?と聞かれた。苦虫を噛んだ様に答えると、沈黙の後に焦りを見せた。


「もしかして、私の事をお忘れで……?」

「あぁ……」

「実は私、サ○ゼリのたらこソーススパゲッティが好きでして……」

「サ○ゼリ警察だ!貴様を逮捕する!!」


「覚えているではありませんか」

「全く覚えてない」


 ギャグですよね?と含み笑いを見せると、カウンターの奥の扉を開けてくれた。怠惰に思う人生の中で、ほんの1秒でも楽しめたらしい。


「ありがとうな、スタンリー。グレイスの所まで会いに行ってくる」

「行ってらっしゃいませ」


 奥の扉を開き、上の階へと向かった。

 ──その姿を見逃さなかった人が1匹、シルク邸の扉を開ける。

 ■■■

 ──3階、仮眠室だ。ただの休憩用の部屋であって、特別な兵器や魔道具は無い。好奇心で眠れなくなるからな。

 勿論ただの部屋なので、椅子や机、ベットはある。


「グレイス? おーい、居るか?」


 6つあるベッドの内、1つだけ人が入っている──寝ているのだろうか。

 顔を覗き込むと無防備になった寝顔が見えた。190センチ位の高身長だ。

 ツンツン髪にツリ目の彼、本人だ。


「お兄ちゃん、起きたんだ。待ってたよ」


……手紙の文体と口調の差が激しすぎないか?


「俺だけ呼ぶって……脅しでもされてるのか?」

「お兄ちゃんに久々に会えるからさ、目一杯甘えたいなぁって。ね、お願い」

「やだ」


 とても媚を売ってくるので、きっぱりと断った。


「え……なんで? あの犬北風に何か吹き込まれたの? お兄ちゃんが寝てる時にこっそりパンケーキ食べさせたのが悪い?」

「特に何も」

「昨日あんなに気持ちよさそうにあいつと寝てた癖に、なんで……?」

「ヒスるな。俺は俺の為に頑張ってくれた奴に甘えさせてるんだよ。媚びよりも欲しいのは利益なんだ。売り払ってこい、そんな物」


 想定以上にドライな対応をされてショックを受けたのか、グレイスは黙り込んだ。かなりダメージを受けているらしい。飴と鞭は大事だ。


「チーズケーキ食べながら話してもいいかな……お兄ちゃんの為に作ったんだ」

「いいぞ。……北風、隠れてないで出てきてくれないか」

「…………ニストを1人にさせてイチャイチャする気だったんスよね」

「北風」


 唸りながら撫でられている。何とか我慢してくれて安心するが、怒ると口調が変わって怖くなってしまう。


「……美味しいじゃないか。作ってくれてありがとうな、濃厚で美味しいぜ」

「お兄ちゃんに言ってくれて嬉しいな。やった」

 

 たまにメンヘラっぽさを感じさせる狂犬と、ブラコンみを感じる弟。

 2人とも技能が良いのに。俺がした恩が大きすぎたせいで寄せてくる感情が重い。もう少し軽くしてくれたら嬉しいけど、一向に治る気がしない。


「あのな、俺のどこが好きなんだ? 北風の誠実で寛大な部分とか、グレイの堅実で平等な部分とかは好きだが……」


「「そういう所」」という台詞を2人同時に言う所から始まった。


「ご主人はその、小さくて可愛いんスよ。抱きしめられた時に壊れそうな感じの……丸くて可愛い物に触れてる感じがして暖かいんス」

「か、かっこいい……!お兄ちゃんは頼れてカッコよくて、たまに母性を感じる。優しい所もあるけど、カッコいいよ」


 こうして見ると2人とも仲が良いなと思うのと、個性があって面白いなと感じる。表面上の関係もあるが、精神的な関わり方の違いも見える。


「2人ともありがとうな。……グレイスは頼る先を増やして俺に対する感情の重さを軽くする様に頼むぜ」

「うん」


「それで、本題はそんだけじゃないっスよね。それだけなら別の場所でもできるっスよ」

「……分かってたか。実は、俺の生まれ故郷で不穏な動きをしている人が増えてきているらしい。雪国の方でかなり遠いが……俺1人だけだと無理があるんだ」

「新しい貿易ルートができるかもしれないからな、手伝うぜ。北風も行くか?」

「勿論っス。ご主人にくっ付いて暖が取れるかもしれないし」


 グレイスの故郷に調査目的で行くのか。彼にとっては里帰りかもしれないが、俺にとってはあの国に謎があるからな……今度こそ知ることができるかもしれない。

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