転ばぬ先のなんとやら①

「いやぁ、失敬。拙者の一撃がそんな力を持っていたとは」


 数千年前の日本人っぽさを詰め込んだ様な容姿の彼が、今回俺達を幽世に飛ばした犯人だ。月影つきかげ 雨読うどく、幽霊の百姓。年齢は推定千数百歳。爺さんだが、享年42歳らしくシワが全く見えない。北風が解るのは、彼の作った白米は美味しいという事だ。


「現世に帰してくれ。一度、現世に戻ったことがあるんだろ?」

「あるにはあるんじゃが……出口がなぁ」

「壊れていますね。鳥居出口


 数秒、沈黙に包まれ、汗が耳元を流れる。


「このまま居たらどうなるんスか……?」

「そりゃあ、拙者らがここで長居してたら」

「来世に飛ばされているかもしれないですね」


 汗が冷えた様な気がした。

 そしてまた、数秒。沈黙に満たされる。


「直さないと死ぬじゃないスか……!!」

「落ち着け北風。過去にもこんな事は起きた事があるんだろ?」

「鋭いですね。直す事出来ますよ」

「一筋縄ではいかなさそうじゃな」

 白塚は雨読の一言に頷いて答えた。


 昔の日本の思想を引き継いだ性質。坂や橋にが存在し、異なる土地を分けた様に、鳥居も現世と幽世の境界を担う。だが、砂漠化の影響で魂の拠り所が失われて現世に留まり、境界が曖昧になっているらしい。


 という事は、現世と差別化が出来て、つ魂が安心して留まれる場所にならなければいけない。いつの間にか俺はNP○法人に片足を突っ込んでいたという訳だ。とんでもない地雷を踏み抜きそうで怖い。


「拙者も助太刀致す。見殺しには出来ぬし、人手は何人居ても嬉しい筈じゃ」

「『転生跡の先の杖』と『蜘蛛の霧』という帰る為の道具の両方を作っておきます。幽世を、どうか宜しくお願いします」


■■■


──砂漠に男三人。脳筋二名と、俺一名。


「ノーヒントで情報はミリ単位に近い。どうすりゃいいんだよ……」

「雨読は幽霊が見えるんスよね?」

「そうじゃな」

「自分と手分けして人を集められるかもしれないっスよ」

「んじゃ、情報収集と地形の把握を頼みたい。俺はここで自然を作れるかやってみる」


 雨読が地形の把握、北風が情報収集に向かう。

 俺は出来る事が無い。商品は無いし、闇雲に魔力を使って昏倒したら迷惑だ。

 うーん。特に何も出来ない。北風に着いていくべきだったか?


「まぁ、ちょっとくらい魔法を使っても良いか」


 脳内に残る魔法陣の形を思い出し、ジッポライターの火を砂に落とす。

 魔法陣に手を沈ませ、

 引き抜くと 砂を巻き込みながらレンガが完成した。


「感覚は鈍っていないな」


 それを何個か量産していき、砂を取り除きながらレンガを造り上げていく。

 様子を見ていた誰かが「おぉ……」と声を漏らした。

 不意に聞こえた声の主に振り向く。……和服を着ているが、陽キャっぽい雰囲気がする。


「観戦がしたいだけだ!」

「……錬金術に興味があるのか?」

「錬金術。聞いた事がない! 奇怪なものだ!」

「聞き馴染み無いのか? 魔法が扱えれば楽しいぞ」


 泥や埃が少し付きながらも、長年大事に手入れして着ている着物。

 着物が普段着として使われていて、高値で簡単に買えなかった時代と考えると、雨読が生きている時代と同じなのではないかと考察する。魔法を知らないのも納得。

──等と考えていると、ご本人が周辺の地図を記して戻ってきたが、彼は目を丸くして驚く。


雷豪らいごう殿、生きていたのか……!?」


 数秒の間が生まれ、重い空気感を破壊するかの様に彼は断ち切った。


「俺は雷豪ではない! 人違いではないか!」

「……なら、名前を名乗ったらどうだ?」

「それもそうだな!……俺は、鳴神なるかみ 共鳴ともなり! 建築家だ!」


 引っ掛かりを覚えていた彼は、共鳴の苗字を耳にして納得する。

 そうか、だから彼は──と呟き、一抹の寂しさを感じ、自身の胸を軽く掴んだ。


「……拙者は月影 雨読。貴殿の先祖、雷豪殿の友人だ」

「俺が割り込むのは野暮そうだな。地図確認してるから二人で話してくれ」

「ニスト殿。感謝する」


■■■


──僧侶が地域の寺社を支配下に置き、後に『前九年合戦』と呼ばれる争いをきっかけに武士が争いを激化させていた時代。源氏と平氏が幾度も衝突し、百姓は決して良い暮らしではなかったが、拙者にとって悪い日々ではなかった。


 米を育て、たまに近所から大豆と交換し、食事を摂る自給自足の日々。

 拙者は武士──形は変わってしまうが、現代で呼ばれる『侍』を夢見る。

 戦を重ね、集団で襲われながらも手鎌を片手に生き残りながら、息絶えてしまう。

 人を殺し続けながらも、友になり続けてくれた百姓。その人が雷豪だった。


「鳴神家が残っていて拙者は嬉しいぞ」

「まさか旧友だったとは! 俺は驚きと喜びでいっぱいだ!」

「共鳴殿、聞きたい事も話したい事も沢山ある。聞いてくれぬか」

「勿論だ!」


■■■


 あの様子なら、現世に戻る手伝いをしてくれるかもしれないだろう。

 地図を受け取って塔に戻ると北風と合流したので、状況を整理しようと話し合う。

 

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