剣と魔法の世界にカードバトラーがやってきた

@NEET0Tk

第1話

「これで決まりだ!!『水の精霊 ウィンディーネ』でアタック!!」


 対戦相手はタラタラと汗を流し、何度も自身の手元にあるカードを確認する。


 そして何度確認しても打開策がないと気付き


「……ま、参りました」


 遂にその言葉を口にしたのだった。


「勝者、快斗選手!!」


 会場から一気に歓声が湧き上がる。


 全身がビリビリと痺れ、手足が震える。


「……やった」


 俺は小さくガッツポーズをする。


 あまりの嬉しさに若干泣きそうになったところで、俺の目の前にマイクが近付けられた。


「快斗選手、優勝おめでとうございます」

「あ、ありがとうございます!!」

「数多のWEプレイヤーの中で頂点に立たれた感想は?」

「嬉しい……です。あ、すみません、こんなことしか言えなくて」

「いえいえ、言葉で表せない程の感動だということは私含め全てのWEプレイヤーも分かっていますよ」


 インタビューのお姉さんの言葉に少し安心する。


「決勝もまた見事な勝利でしたが、何か秘訣などはあるんですか?」

「秘訣……ですか?そうですね、これは気持ちの問題なんですが、やはりとことん楽しむことですかね。俺にとっては、このカード一枚一枚に沢山の思い出が詰まっているんです」


 俺は自分のデッキを取り出す。


「このウィンディーネも環境的には殆ど刺さっていませんでした。だけど最後を決めたのは、やっぱりこいつだったんです」

「水の精霊 ウィンディーネと言えば初期からあるカードですよね?何か思い入れが?」

「最初に手に入れたカードなんです。こいつを手にした瞬間に俺はこの世界に入り、そしてウィンディーネで締めた」


 だから俺にとって、このウィンディーネこそがWEを代表するカードなのだ。


「快斗選手ありがとうございました。それでは優勝賞品の贈呈に入らせていただきます」

「お、おぉ!!」


 感慨深さから一転、僕の心は一瞬で俗物に染まる。


「まずは優勝賞品である『終末の竜』をどうぞ」

「す、すげぇ。効果は反則級に強いのに、召喚する条件が終わってて絶対に出せないで有名な『終末の竜』が手に入るなんて……」

「それから現在までのWEのカードを全て贈呈します」

「雑魚カードすらもくれるのはありがた迷惑だけど、やった!!」

「それからこの謎のデッキケースをどうぞ」

「うわぁ!!よく分からないデッキケースだ!!」

「そして最後は快斗選手限定のプロモーションカードの製作になります。お好きなカードを一枚決めて下さい」


 そう、俺がこの大会で一番優勝したかった理由がこれだ。


 勿論答えは決まっている。


「『水の精霊 ウィンディーネ』でお願いします」


 俺の相棒はいつだってこいつだけだ。


「本当にお好きなんですね」

「はい。ウィンディーネも、WEも俺の青春です」

「そう言われると、私達も報われます」


 インタビューしていたお姉さんは嬉しそうに笑う。


 もしかしてこの人も製作者の一人なのだろうか?


「ところで快斗選手。このゲームの世界観を知っていますか?」

「え?まぁはい。確か世界の終わりが近付く中、一人のカードバトラーが現れ、数々のキャラクターと共に世界を救うという話でしたっけ?」

「はい、その通りです」

「それが何か?」

「もしそれが、本当の話だとしたらどう思いますか?」


 きゅ、急に何言ってんだこの人?


 もしかして結構頭がおかしい感じか?


「事実なら……なんだか……いいですね」

「いいとは?」

「だってその世界はカードのキャラが実際に目の前に現れるんですよね?もし本当なら、是非とも僕はみんなに会ってみたいなーと思って」

「……なるほど」


 ニヤリとお姉さんが不敵な笑みを見せる。


「行きませんか?」

「え?」

「世界、救ってみませんか?」

「え?は?何を?」

「質問を変えましょう」


 お姉さんは真面目な顔で問う。


「今の生活を捨ててでも、会いたいですか?」


 あまりに意味の分からない展開に頭が真っ白になる。


 そんな中で俺の脳裏に浮かび上がるシルエットはやはり


「会いたいです」

「……そうですか」


 そして異変は瞬時に現れた。


「カードケースが光った!?」

「ご安心下さい。快斗選手はこの世界で最も強いカードバトラーです。どんな敵が現れようと、必ず勝利を収めることができます」

「何の話を!?」

「それではさようなら」

「ちょ!!一体何の話をして」


 飛び出すように一歩前の出た瞬間


「……は?」


 そこには新たな世界が広がっていた。









「どこだ……ここ」


 辺りを見渡す。


 そこは大会の会場でもなく、ましてや日本とも到底思えないような乾いた大地が広がっていた。


「夢でも見てるのか?」


 今まで明晰夢なんて見たことないが、優勝の興奮で初めての体験をしているのかもしれない。


「なんて都合のいいことはないか」


 俺は自分の頬を引っ張り、しっかりと痛みを感じることに不安を募らせる。


 どうやらここは現実らしい。


「とりあえず歩くか。こんな場所にいたら餓死して死ぬ」


 何かないかとポケットに手を入れるが、中には食料も携帯もなかった。


 あったのはただ一つ


「お前達とは離れられないようだな」


 愛しのカード達だけだった。


「それにしても不思議な場所だな」


 現実味がないというか、まるで別の世界に迷い込んだような錯覚を覚える。


 いや、実際に別の世界に来ているのかもしれない。


 ここに来る直前の記憶を考えると、俺は終末が訪れようとしている世界にでも送られた可能性だって……


「マジかよ」

「グルルルルルルル」


 数十メートル先に初めて生物を目撃した。


 その姿は黒い毛が特徴の犬だ。


 体が傷だらけで、首には鎖の千切れた首輪が付けられいる。


 その時点で明らかに普通ではないのだが、何よりも普通じゃない点は


「首が……二つ……」

「グルルルルルルル」

「まっず」


 犬もどきと目が合う。


 ただの犬ならヨシヨシと撫でていたところだが、どう考えてもあれはヤバい。


「逃げ切れるか?」

「バウ!!」


 犬もどきが凄まじい速度で迫ってくる。


「む、無理だこれ!!」


 どう考えも追いつかれる。


 足の速さは犬並みだが、開いた口から見える牙は完全に殺す為に特化したような形状をしている。


 追いつかれたら怪我だけじゃ済まないかもしれない。


「誰か助けてくれ!!」


 俺は走りながら必死に叫ぶ。


 だが当然というか、こんな場所に人がいるはずもなく声は無常に消え去っていく。


 そして遂に距離は縮まり


「イッ!!」


 足に噛みつかれる。


「アァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 痛みのあまり口から声が溢れ出る。


「ふっざけんな!!」


 犬もどきを殴り、その牙が外れた。


 だがダメージはそこまで通っておらず、直ぐにでも襲ってくるだろう。


「おら!!」

「キャン!!」


 俺は地面の砂を犬もどきにかけ、もう一度逃げる。


 痛みで右足が全然動かない。


 これじゃあまた一瞬で追いつかれる。


「クソ!!クソ!!何で急にこんなことになるんだよ!!」


 遂に不満を口にしてしまう。


 ただカードゲームをして、やっとの思いで優勝した結果がこれとかどうなってんだよ。


 こんなことになる為に俺は頑張ったわけじゃない。


 俺はただ


「ウィンディーネの綺麗な姿を見たかっただけなのに……」

「そう、じゃあ見せてあげる」

「へ?」


 カードケースがあの時のように眩い光を出す。


 すると中から触れてもいないのに、一枚のカードが飛び出す。


「これは……ウィンディーネのプロモーションカード?」


 そこには以前よりも綺麗で、美しい、俺の相棒が描かれていた。


「いつの間に……いや、今はそんなことよりも」


 何が起きてるのかは結局分かっていない。


 ここがどこで、俺は何に巻き込まれたのか。


 不安で胸がいっぱいで、怖くて体が震えていても、俺の頭は今


「信じてるぜ」


 一つの希望にのみ注がれていた。


「召喚!!」


 俺の視界に水のドームが形成される。


「『水の精霊 ウィンディーネ』!!」


 カードが光り、手元から消える。


 水のドームは何度も何度も渦巻き、そして水飛沫と共に中から一人の女性が現れた。


「おいたが過ぎるわよ、犬っころ」

「キャウン!!」


 まるで捕食するかのように水の塊が犬もどきを包み込み、徐々に小さく、小さくなっていき


「マジか」


 まるで泡沫のように儚く散った。


「……すっげぇ〜」

「どうも」

「!!!!」


 いつの間にか横に立っていた人影。


 その姿は、俺が何度も見た姿。


「初めまして……でいいのか?」

「何年前から一緒と思ってるの?」

「そ、そういう認識でいいのか?」

「いいも何も、初めてなんて変でしょ。だって私達は」


 ウィンディーネは笑って


「相棒だもの」


 こうして、俺の……俺とカード達との世界を救う物語が幕を開けたのだった。

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