中編
異世界? リアラルティア?
まるで状況が理解できない。
そんな私を気にすることもなく、ネネコはさっさと歩いてしまう。
早く祖母の家に向かいたいのだろう。
「ほら、トーコこっち!」
ネネコの後ろを着いて歩く。
すれ違う人々には、エルフやドワーフ、獣人も居た。
かと思いきや、道の端の方で魔術のようなものを使っている人もいる。
物語の世界でしか見聞きしないような不思議な世界だと思った。
仕事をしている人も、道行く人も、どこか楽しげだ。
しばらく歩くと、やがて街を抜けて森へと入った。
賑やかだった街の喧騒が遠ざかっていく。
「これってどこまで行くの?」
「んー? もうちょっと言ったとこ。ほら、もう見えてきた」
ネネコが指差した先を見て、私は言葉を失う。
先程まで鬱蒼と生い茂っていた木々の向こうに、広大な草原があった。
所々に柵が建てられ、見たこともないような動物たちが中で草を食べている。
バスの中から見えた浮き島が、空に転々とあるのが見えた。
「すごい……」
呆然としていると、「トーコ行くよー?」とネネコが手を振る。
慌てて後を追いかけた。
草原のあぜ道の奥に、大きな家が一つ見える。
どうやらあれが目的地らしい。
「ばあちゃーん」
ネネコが家の中に入っていく。
私は恐る恐る、後から中を覗き込んだ。
広い木造の家で、風の通りが良い。
夏でエアコンもついていないのに、随分涼しかった。
「何だ、誰かと思ったらネネコかい」
不意に、奥から人が姿を現した。
その姿を見てギョッとする。
出てきたのは人ではなかった。
ネコだ。
ネコの姿をした、老眼鏡をかけた人がいる。
口元にシワが寄り、目つきが鋭い。
正確な年齢までは分からなかったが、老婆に見えた。
老婆のネコはネネコを見て「よく来たね」と声を出す。
「ばあちゃん元気してたー?」
「見りゃわかるだろ。ピンピンしてるよ」
ネネコが老婆に抱きつき、老婆はネネコの頭をクシャリと撫でた。
ネネコは嬉しそうに目を細める。
その姿は、まるで主従関係が入れ替わったネコと飼い主だ。
と言うか待て。
「ね、ネネコ……さん? その人ってひょっとして?」
「うん。私のばあちゃんだよ!」
ネネコはあっけらかんという。
私が驚愕していると、老婆が私をギロリとにらんだ。
「誰だいその子は」
「私の友達! 同じクラスのトーコだよ! 牧場の仕事を手伝ってくれるって!」
「人間界の子かい。その様子だと、どうせお前、ろくに説明もせずに連れてきたんだろう」
「にゃははは、バレた?」
「馬鹿者」
「あいた!」
コツリと頭をこづかれ、ネネコが頭を抑える。
とはいえ、大して強く叩いていないのは見て取れた。
「悪かったね。不肖の孫が迷惑かけて」
「あ……いえ、そんなこと」
ないです、とはとても言えない。
何が何だか全然わかってないからだ。
「私はヒルダ。見ての通り、ただのネコ族の老婆だよ」
「あの、ネコ族って……?」
「ネコ族はネコ族だ。この世界に住むネコの獣人さね。ネコと人の血が混ざっている種族と言ったほうがわかりやすいかい?」
「じゃあ、ネネコも……? どう見ても似てないんですけど」
「この子はクオーターだね。ネコ族と人間のハーフだ」
「えぇっ!?」
「珍しいことじゃないよ。お前たちのいる人間界に、魔法界の住民が紛れ込むのはね」
「にゃははは! バレちゃった!」
正体がバレたネネコはどこか嬉しそうにケラケラ笑う。
「長旅で疲れたろう。何か作ってやろう。着いてきな」
「あ、どうも……お構いなく」
ヒルダさんに着いて家の裏口から外へ出るとと、目の前に放牧場の入り口があった。
家畜を放し飼いにしているらしい。
放牧場の奥に、広い畜舎があった。
中に入ると、小さな鳥が管理されている部屋があった。
鶏かと思ったが、どうも形状が違う。
トサカが大きいし、何より色が黒色で変だ。
哺乳類みたいな独特の尻尾が生えている。
ヒルダさんは中に入ると、慣れた様子でひょいひょいとカゴに卵を集めていく。
「変な鳥……」
「ミスリルチキンだ。こっちじゃ一般的な食用鳥だよ」
「ばあちゃんの家はね、モンスターファームなんだ」
「も、モンスターファーム?」
「そだよ! モンスターの毛や、爪や、鱗とか、色々素材を売ってるんだ」
「じゃあこの鳥も……?」
「何、モンスターとは言え、大人しいもんさね。扱いさえ間違わなけりゃ怖くはない。慣れてみると人懐っこくてかわいいもんさ」
すると、畜舎の奥に一際大きな卵が置かれているのが見える。
美しい翠色の卵で、思わず目を奪われた。
以前テレビでダチョウの卵を見たことがあるが、それよりずっと大きい。
両手で抱えてようやく持てくらいの大きな卵。
「キレイな卵……」
「迂闊に触るんじゃないよ」
「これ、何の卵なんですか?」
ヒルダさんは肩をすくめる。
「私も見たことがない。おそらく密漁者が盗もうとして、捨てて逃げたんだろう。今街の警備員たちが研究者と協力して親を探している。それまではウチで面倒見ることになったのさ」
「へぇ……」
エメラルドグリーンの美しい卵。
そんな物は、現実世界にも決して存在しない。
何だかいよいよ実感が湧いてくる。
私はどうやら、本当に異世界へやってきたらしい。
●
一通り食材を集めて戻ってくる頃にはすっかり陽が傾いていた。
家に戻ってネネコと一緒に食卓につくと、ヒルダさんがご飯を出してくれる。
卵かけご飯と、鳥のステーキと、スープだった。
異世界なのにお米があるのが何だか新鮮だ。
調味料もお醤油があったりと、見知ったものが揃っている。
「美味しそう……!」
「婆ちゃんのご飯久しぶりだ!」
「長旅だったからね。疲れたろう。今日はゆっくり休みな。仕事は追々教えてやろう」
「にゃはは! 楽しみだなー」
「じゃあ、いただきます」
卵を割ってご飯にかけて食べると、濃厚な黄身の味に思わずため息が出た。
鶏の卵と似たような味かと思ったけれど、ずっと味が濃い。
どんなご飯を出されるのだろうと内心心配していたから、これは嬉しい誤算だ。
一通りご飯を食べたあと、洗い物を手伝う。
すっかり外は夜だった。
「悪いね、お客さんに手伝わせちまって」
「いえ……いつも家でやってるので」
話しながら周囲を見渡す。
ネネコの姿がない。どこに行ったのだろう。
一通り片付けを終えてリビングに入ると、ネネコはソファですやすやと寝てしまっていた。
「寝てる……」
「全く、友達に片付けさせて寝ちまうやつがどこにいるってんだい。ほら、起きなネネコ!」
「うーん、むにゃむにゃ」
「呆れた子だね」
「あ、起こさないで上げてください……。気持ちよさそうに寝てるんで」
何だかここに来てから振り回されっぱなしだ。
でもネネコの幸せそうな顔を見ていると、どうでも良くなってくる。
まだ出会って間もないのに、何だか憎めないなと思うのだ。
「ネネコは学校で上手くやってるかい?」
「ええ、とても。というか、私の方が全然ダメで……。ネネコはたくさん友達が居るんですけど、私は誰とも話したことが無くて」
私が言うと、ヒルダさんは「へぇ?」と目を見開いた。
「私、人見知りなんです。中学に全然友達がいなくて孤立しちゃって。そんな私に、ネネコが声を掛けてくれました」
「獣人は鼻が利くからね。あんたが優しい奴だって直感したんだろう。仲良くなれそうだってね」
「そう……だと良いんですけど」
「この子はね、幼い頃に母親を亡くしてるのさ」
「えっ?」
「人間界から迷い込んできた父親と恋をして子供を産んだ。それで魔法を使って姿を偽り、人間界で暮らすことにしたんだ。でも病気で死んじまった。残された父親は男手一つでネネコを育てたが、娘が死んだ時は随分落ち込んじまってね。そんな父親を、ネネコは励まそうとして明るく振る舞っているのさ」
「そうだったんだ。全然そんな風に見えなかった……」
「能天気に見えて、感情を隠すのが上手いんだろう。でも一方で、本心を話すことも出来なくなっちまった。ネネコはね、人と関わるのが上手いのさ。でも深い友達が全く出来ない。適度に距離を置いちまうんだ。ネコみたいにね」
ヒルダさんはネネコをそっと撫でた。
「きっと失うことを恐れてるんだろうね。大切なものが消えてしまうのを」
「じゃあネネコは……どうして私に声を掛けてくれたんだろう」
仲良くなれそう、という理由だけなら他にもっと適任が居る気がするけど。
するとヒルダさんは「ふむ」と言って私の顔を覗き込んだ。
「あんたがネネコの死んだ母親に似てるからかも知れないね。どこか面影がある」
「そう、なんですか?」
「ああ。だから仲良くなりたいって思ったんだろう。あんたも良かったら仲良くしてやっておくれ。ちゃらんぽらんに見えるが、案外友達想いな子だ」
「……はい」
すやすやと眠るネネコのほっぺたを、私はツンとつついた。
ネネコは幸せそうに、目を細めてすやすやと眠っていた。
仲良くしてあげて、か。
仲良くなれるといいな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます