異世界牧場物語 ~女子中学生、モンスター牧場で働きます~
坂
前編
私が異世界に初めて足を踏み入れたのは、中学一年の夏休み。
きっかけは、同じクラスの猫又ネネコに声をかけられたことだった。
彼女と話すのは、それが初めてだった。
「ねぇトーコ。夏休みって暇?」
いきなりの名前呼び。しかも呼び捨て。
面食らった私が呆然としていると、彼女は「にゃはは」とネコみたいな笑みを浮かべた。
「実はさぁ、夏休みに牧場を経営してるばあちゃんの家に行くんだけど、お手伝いしてくれる人が欲しくて」
「何で私なの? 猫又さん、他に友達たくさん居るじゃん」
「えっ? だってトーコ頭いいじゃん。何だってそつなく出来ちゃうし。だから手伝ってくれたら助かるなって。みんな言ってたよ、トーコはお姫様みたいだって」
「それ、褒め言葉じゃないんだけど……」
私が当惑していると「ね、お願いだよぉ!」とネネコは手を合わせて拝んだ。
「この通り! 何卒!」
「まぁ、そこまで言うなら……」
「本当?」
ネネコの顔がパッと明るく輝きだす。目がキラキラと輝いている。
「あ、でもお父さんとお母さんに聞いてみないと」
「やったぁ! ありがとう! 神様!」
こっちの話など聞いちゃいない。
やっぱり断りますとは言えそうになかった。
猫又ネネコは変わり者だ。
いくら人手が足りないからって、この私に声をかけるなんて。
私となんて関わらない方が良いに決まってる。
クラスのみんなが私をこう呼んでいることを知らないのだろうか。
『氷姫』と。
●
小学校の卒業を控えた数日前。
「トーコ、中学から引っ越すことになるから」
父が突然言ったその言葉は、私にとっての死刑宣告だった。
「引っ越し?」
「そうだよ。父さんの仕事の都合でね。トーコも小学校の友達とは中学でお別れをしておきなさい」
「そんな……」
絶望した。
まさかこんなタイミングで引っ越しを宣言されるなんて。
私は昔から重度の人見知りで、人間関係を作るのが苦手だった。
小学校でも友達を作るのに苦労したのに。
中学から知らない土地で、一から人間関係を構築するなんて無理だ。
嫌だって言いたい。
でも――
「うん……楽しみだな、新しい学校」
「だろう? トーコならそう言ってくれると思ったよ」
私はいつも、物分りが良い子のフリをしてしまう。
両親の疲れた顔をみると、いつも何も言えなくなってしまうんだ。
心配をかけたくなくて、うんと頷いてしまう。
そんな調子で進学した新しい中学は クラスメイトたちのほとんどがエスカレーター式で進学してきたので私以外はほぼ顔見知りの状態だった。
人間関係が最初から完成されていたのだ。
だから、人見知りの私が孤立するのは、ほぼ必然的だった。
でも、チャンスが無かったわけじゃない。
「冬樹さん、今日みんなで遊ぶんだけど、一緒に来ない?」
「いい」
「あ、そっか……。ごめんね」
クラスメイトたちは申し訳無さそうに頭を下げ、去ってしまう。
その度に「またやってしまった……」と私は頭を抱えるのだ。
私だって本当は遊びに行きたい。
だけど、仕事である両親に代わって家事をしないとダメなんだ。
それにまさか声を掛けてもらえるなんて思ってなかった。
咄嗟に気の利いた断り文句も出ず、つい緊張して冷たい言い方になってしまったのだ。
頭の中で数々の言い訳は思い浮かぶも、後悔先に立たず。
そんな調子でクラスメイトたちに意図せず冷たくなってしまった私は、いつしか影で『氷姫』と呼ばれるようになってしまった。
何を言っても塩対応。
氷のように冷たい言葉を吐くから、そう呼ばれているらしい。
「冬樹、この前の試験、お前がトップだったぞ」
「どうも……」
「また氷姫がトップかぁ」
「お姫様、本当に勉強できるよね。怖いけど」
気がついたらすっかり『怖い人』が定着してしまった。
幸いイジメられこそしないが、替わりに誰も私に声を掛けてこない。
猫又ネネコが転校してきたのは、そんな時だった。
「猫又ネネコです! ネコっぽいって言われます! よろしく!」
家の事情で遠方から越してきたらしいネネコは、最初は少し変わり者扱いされていたが、爆速でクラスに馴染んでいった。
「ねぇねぇ、何やってるの?」
「それ面白い?」
「何の私? 私も混ぜてー」
彼女は裏表のない人間だった。
持ち前の人懐っこさと明るさで誰もに話しかけ、一気に人気者となった。
万年日陰にいる私とは、雲泥の差である。
正しく陰と陽。絶対に関わり合うことはないと思ってたのに。
「どうしてこうなったんだろう……」
「ん? 何が?」
夏休み初日。
私はネネコの祖母の家にいくため、彼女と一緒にバス停に座っていた。
「そういえば急に誘っちゃったけど、トーコの親大丈夫だった?」
「うん……一応」
友達のおばあちゃんの家にいくと行ったら、両親は二つ返事で了承してくれた。
私が中学で上手く行っているか心配だったらしい。
それにしても。
「こんな場所にバス停があるなんて知らなかったな……」
「にゃははは、驚いたでしょ?」
「うん、少し」
ネネコに連れられ、駅から徒歩十分ほど歩いたところにあるバス停のベンチに私たちは座っていた。
目の前の大きな道路は、端から端まで長く伸びている。
道路の向こう側は草原だ。
青々とした空に太陽が輝いていて、容赦ない熱気を浴びせてくる。
そんな田舎町でもないはずなのに、一体ここはどこなのだろう。
「そういえば、猫又さんのおばあちゃんの家ってどこなの?」
「ネネコでいーよ。場所はねぇ、つくまで秘密」
何だそれは。
せめて目的地くらい言ってほしい。
するとバスがはるか向こう側からやってきた。
「あ、来たよ。乗ろう」
「う、うん……」
流されるまま、ネネコとバスに乗る。
私たち以外誰も乗客が居ない。
「にゃははは、楽しみだなー」
上機嫌なネネコの独特な笑い声が、車内に響く。
一本道を暫く走ると、景色が徐々に変わってきた。
アスファルトの道が砂利道に変わり、空には島が浮かんでいるのが見える。
うん? 空に島?
「何だあれ……」
すると前方に大きな街が見えてきた。
だが、どうみても日本の街ではない。
まるで物語に出てくるような、洋風の街がそこにあった。
街はレンガ造りの大きな外壁に囲まれ、開放された門に橋が渡されていた。
馬車が出入りしており、通行人たちの姿も民族衣装みたいに独特だった。
テーマパークかと思ったが、こんな大きなテーマパークは聞いたことがない。
「あれが目的地! リアラルティアだよ!」
「り、りあら……なに?」
「リアラルティア! ほら見て! エルフとかドワーフが居る!」
「エルフって……」
ネネコの視線を追ってぎょっとする。
ボウボウに髭が生えた小男に、耳が尖った世にも美しい女性。
どう見てもエルフとドワーフだった。
コスプレではなさそうだ。
情報量が多すぎて思考が働かない。
走行していると、バスが門を通り抜け、街へと入った。
見たこともないような西欧風の街並み。
活気ある市場が立ち並び、行商人らしき人が店を開いたりもしている。
バスは街の中心にある広場に停まった。
「トーコ、着いたよ。降りよう」
「う、うん……」
バスを出る時、目深に帽子をかぶった運転手の姿がちらりと目に入った。
帽子に隠れて顔が見えないが、人ではないのはわかった。
運転手の顔はポッカリと切り取ったかのように真っ黒闇だったから。
私たちが降りると、バスは走り去ってしまう。
一瞬焦ったが、バス停に時刻表が貼ってあり安堵した。
どうやら定期的にバスは来るらしい。
街の広場では、ケルト音楽のような独特な楽曲が演奏されている。
音楽に合わせて人々が楽しげに踊ったり、お酒を飲んだり。
何だかすごく賑わっている。
そしてそこにいる全ての人が、一目見て日本人ではないとわかった。
「ここ……どこなの」
「異世界だよ!」
「異世界?」
私が尋ねるとネネコはネコのように目を細める。
「ここは私たちが住んでる世界とは別の世界。異世界で一番大きな街、リアラルティアだよ」
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