後編
次の日から私たちの牧場仕事が始まった。
モンスターの牧場と言われて、最初は緊張していた。
けど、実際に面と向かうと、普通の家畜と大きく変わらないと気づく。
特に牧場で扱っているのは、どれも草食系のモンスターばかりらしい。
モンスター牧場の仕事は、基本的には牧場で管理しているモンスターのお世話だ。
素材収集、体調管理、餌やり、牧場内のメンテナンス。
こんなに広い牧場を、ヒルダさんは一人で経営しているのだろうか。
「繁忙期とかは街の人に手伝いを頼んでるみたいだけど、ほら、ばあちゃんあの通り頑固だからさー。基本は身内以外入れたがらないんだ」
「そうなんだ……」
「だから夏休みの間は私が手伝いにくるんだ。でも私、頭悪いから失敗しっぱなし! にゃははは! 今年はトーコが居るから安心だね」
「そんなに期待されても困るけどな……」
確かに牧場仕事はネネコの方がずっと先輩なのに、彼女の要領は良くない。
考えるより先に行動しているタイプなのだろう。
でも、そのかわりにネネコは人と交流するのがとても上手だ。
ヒルダさんが不在の時でも、平気でお客さんの対応してしまう。
おまけにあの人懐っこさだから一発で気に入られてしまうのだ。
それが少し羨ましい。
「ごめんください」
素材収集を終えて家に戻ってくると、お客さんが来ていた。
ヒルダさんは留守らしく「はいはいー!」とネネコは飛んでいく。
「あれー、自警団のおっちゃんだ! どうしたの?」
「こんにちは、ネネコちゃん。ええと、そちらは……?」
「トーコだよ! 私の友達なんだー!」
「こ、こんにちは……」
おずおずと頭を下げる。
「ばあちゃん出かけてるよ?」
「おや、そうかい? じゃあこれを渡しておいてくれるかな?」
自警団のおじさんはそう言うと、一枚のビラを手渡した。
ネネコと一緒に覗き込む。
『注意! ドラゴンの目撃有り!』
ビラにはそう書かれていた。
「ドラゴン?」
「レッドドラゴンが出たって報告があってね。注意喚起しているんだ。ドラゴンは聡明で人間より知性が高いから、普段は人前に姿を見せない。希少種だが、その分遭遇するのはかなり危険なんだよ。このあたりは自然が豊かだからね。ドラゴンが餌を求めてやってくるかも知れない。念のためにネネコちゃんたちも気をつけるようにしてほしいんだ」
「わかった!」
「じゃあ、ヒルダさんによろしく」
「うん! おっちゃんありがと!」
「あ、ありがとうございます……」
「大変だ!」
警備隊のおじさんが出ていこうとすると、血相を変えたヒルダさんが飛び込んできた。
全速力で走ってきたのだろう。ヒルダさんは肩で息をしている。
「これはヒルダさん。ちょうど今帰ろうと思っていたところだったんですよ」
「ばあちゃんどうしたの? そんな慌ててさ」
「街に……街にドラゴンが出た!」
「えぇっ!?」とその場にいた全員が声を上げた。
「このままじゃ怪我人どころじゃ済まない!」
「ドラゴンが街に出るなんて初耳ですが……」
「良いから早く来とくれ! ネネコ、トーコ、あんたたちは家に居な!」
「で、でも……」
ネネコが何か言おうとしたが、ヒルダさんはおじさんを連れて行ってしまった。
私とネネコだけがその場に取り残される。
「ばあちゃん、大丈夫かな……」
「自警団の人もいるなら、大丈夫だと思うけど」
「でもばあちゃん、ドラゴンに近づいちゃうかも」
「えっ? どうして?」
「ばあちゃんが街で一番上手くモンスターを扱えるから」
ネネコは不安そうな表情を浮かべた。
そうか。
ネネコは昔お母さんを亡くしているんだ。
また家族がいなくならないかと、心配なのかも知れない。
「行こう、ネネコ」
「えっ!?」
「ヒルダさんが無茶しないか確かめよう!」
私が手を引くと、ネネコも意を決したように頷いた。
●
街に向かうと、私たちは広場へと向かった。
アレだけにぎやかだった街には誰も居ない。
みんな避難したんだ。
「居た! ばあちゃんだ!」
「えっ、どこ?」
「広場! あそこ!」
見ると街の広場で、世にも巨大なドラゴンが唸り声を上げている。
そして、武器を持った自警団の人たちが、ドラゴンを囲んでいた。
中にはヒルダさんの姿もある。
「トーコ、やっぱりばあちゃん、ドラゴンを止めようとしてる」
ドラゴンは牙をむき出しにして唸り声を上げている。
一触即発とはこの状態を言うのだろう。
いつみんながドラゴンに襲われてもおかしくない。
「まずい、このままじゃあ……」
不意に、ドラゴンが大きな咆哮を上げた。
そのあまりの迫力に、その場に居た皆が怯む。
もはやドラゴンに襲われるのは時間の問題に思えたその時。
ガンガンガンと、ネネコがどこからか拾ってきた鉄の鍋を木の棒で打ち付た。
「こらー! ドラゴーン! ばあちゃんに手を出したら許さないかんね!」
信じられない彼女の行動に、私は思わず言葉を失う。
「ね、ネネコ!? 何やってんの?」
「トーコも早く叫んで! ばあちゃんやられちゃうよ!」
「いや、でもそれしたら今度は私たちが……」
皆まで言う前に。
ネネコの威嚇に反応したドラゴンが、四つ足をついて私たちを睨んだ。
どうやら敵と認定されたらしい。
「ありゃあ……これもしかしてまずい感じ?」
「ネネコ、走って!」
私たちが走り出すとほぼ同時に、ドラゴンが私たちへ向かって駆け出す。
ドスドスと巨大な足音がどんどん近づいてくる。
「どどどど、どうしよう! トーコぉ」
「知らないよ!」
ヤバいヤバいヤバい。
一瞬だけ背後を見ると、ドラゴンが目を剥き出しにして私たちを追いかけてきていた。
捕まったらひとたまりもないだろう。
「ネネコ、次! 右に曲がって!」
「なんで!?」
「いいから!」
ネネコと共に道を曲がり、私たちはとっさに物陰へ身を潜ませた。
私たちを見失ったドラゴンは、そのまま横を通り過ぎて走っていく。
だがすぐにバレてしまうだろう。
「どうしよう、トーコぉ」
「ネネコが刺激したんじゃん……」
「だってぇ、ばあちゃんがさぁ……」
「ああ、わかったって」
とは言え、このままじゃマズい。
どうにかしないと。
ドラゴンは小さな山くらいの大きさはある。
あんな巨大なモンスターに襲われれば、大人でも無事では済まないだろう。
人間なんて簡単に食べられてしまうような気がする。
そこでふと疑問を抱く。
本当にドラゴンは、餌を探すために街に来たのだろうか?
そういえば、威嚇しながらもドラゴンは周囲に視線を走らせていた。
まるで何かを探しているみたいに。
「あ……」
「どうしたの? トーコ」
「一つ思いついたんだけど」
私の顔を不思議そうにネネコが見つめる。
「あのドラゴン、人を襲いに来たんじゃないのかも」
●
大通りの中央に私たちは立っている。
眼の前には、こちらに背を向けるドラゴンの姿があった。
「いい? ネネコ。行くよ?」
「本当に大丈夫かな?」
「わからないけど……やってみるしかない」
私が言うと、意を決したようにネネコが先程の鉄鍋をガンガンと鳴らした。
途端、こちらに気づいたドラゴンが振り返り、再び目を鋭くする。
「ドラゴン! こっちにおいで!」
「捕まえられるもんなら捕まえてみなよ!」
私たちが皆まで言う前に、ドラゴンは目を怒らせこちらに走ってくる。
「来たよ! トーコ!」
「良いから早く早く!」
私たちはドラゴンに背を向け、一目散に森の中へ駆け込む。
すると木々をなぎ倒すようにドラゴンが私たちを追いかけてきた。
私たちは追いつかれないよう、なるべく障害物を盾にして走り抜ける。
森を抜け、一気に牧場へ。
突然のドラゴンの来訪に、牧場内のモンスターが慌てふためいて散って行った。
「トーコ! もっと速く!」
「もぅ、無理ぃっ!」
「仕方ないなぁ!」
ネネコに手を引っ張られ、ぐんと加速する。
油断すると転けそうだ。
必死で足を前に出した。
「トーコ! 牧場の入口見えた!」
「中に入ろう!」
牧場の柵を押し開けて中に入ると、ドラゴンも私たちの後を追って入ってくる。
「ネネコ、頼んだ!」
「あいあいさー!」
私が合図すると、ネネコは一目散に畜舎の方へと走っていった。
私は牧場の中心まで走ると、その場で振り返りドラゴンに向き直った。
こちらの様子が変なことを察知したのか、ドラゴンが私のすぐ手前で止まる。
自分がおびき出されたことに気づいたらしい。
危険を察知して逃げ出そうとするドラゴンに、私は「待って!」と声を掛けた。
その声に、ドラゴンがピタリと止まる。
自警団のおじさんは、ドラゴンは人間より頭が良いと言っていた。
完全に言葉は通じなくとも、こちらが言わんとしていることは通じる。
意思疎通出来るんだ。
「あなたが探しているものはここにある」
私が言うと、ドラゴンはハッとしたように畜舎へと目をやった。
ちょうどタイミングよく、ネネコが荷車を持って姿を見せる。
「あの卵、あなたのものでしょ? ずっと預かってたんだ。あの子のおばあちゃんが、大切にお世話してくれてた」
ドラゴンが私の目を真っ直ぐ見る。
目を逸らしてはならない。
「私たちは敵じゃない」
私が言うと、ドラゴンは「ゴフッ」と鳴いた。
同時にガラガラガラと派手な音を鳴らしながらネネコが近づいてくる。
ドラゴンが卵に近づくと、ネネコはその場に荷車を置いて迂回しながら私の元にやってきた。
「トーコ! 無事?」
「何とかね……」
ドラゴンは鼻先を卵にこすりつけている。
無事かどうか確かめているのだろう。
すると。
不意に、卵にピシリとヒビが入った。
私たちが驚いていると、どんどんとヒビは大きくなっていく。
そして、次の瞬間。
「キィ!」
卵の中から、小さなモンスターが顔を出した。
ドラゴンの赤ちゃんだ。
「生まれた……」
ドラゴンの赤ちゃんは小さな鳴き声を上げ、親のドラゴンと鼻を擦り合わせている。
「母ちゃんだったみたいだねー」
「だからあんなに必死だったんだ……」
すると牧場の方から大量の足音が聞こえた。
振り返ると、街の自警団の人たちと、ヒルダさんがこちらに向かって走ってきている。
「ネネコ! トーコ! 二人とも無事かい!?」
急いで来る街の人達を、私たちはそっと静止した。
「もう大丈夫だよ、ばあちゃん」
「えっ……?」
ネネコの言葉に、大人たちがキョトンとした顔をする。
その様子がおかしくて、私たちは顔を見合わせて笑った。
●
こうして、街のドラゴン騒動は解決した。
私たちは危険を犯したことで散々ヒルダさんに怒られた後。
優しく抱きしめられた。
「心配させんじゃないよ……心臓が止まるかと思ったんだ」
「ごめんなさい」
「にゃははは、ごめんねばあちゃん!」
ドラゴンは巣に帰るかと思いきや。
今も牧場の隅の方に居着いている。
親子共々すっかり住み着く気らしい。
最初は怯えていたモンスターたちだったが、ドラゴンに危険がないと分かり、すっかりいつもの調子に戻ってしまった。
ドラゴンも牧場の動物たちや、私たちを仲間と認めてくれたらしい。
私たちの顔や、施設の仕組みを理解しているあたり、人間より賢いという話は本当なのだろう。
「ドラゴンの飼育費、大変なことになりそうですね……」
「そうでもないさ。ドラゴンは希少種だからね。鱗や脱皮した皮だけでも相当の価値があるよ」
「キィ!」
リビングで、私に抱き抱えられたドラゴンの赤ちゃんが嬉しそうに鳴く。
何故かすっかりドラゴンから信頼されたらしい私は、こうして赤ちゃんを連れ出すことすら認められている。
と言うよりも、この子が私から離れないのだ。
巣に返すとあまりに鳴いてしまうので、たまにこうして連れ出すようになった。
ドラゴンを抱きかかえた私を、ネネコは羨ましそうに見つめる。
「ドラゴンの赤ちゃん。トーコにすっかり懐いてるね」
「案外、モンスターに好かれる性質かもしれないね。才能があるんだ」
「才能って……」
「モンスターは勘が鋭い。人間の本質なんて簡単に見抜いちまうのさ」
今まで誰にも好かれなかった私が、モンスターに好かれるのは何だかむず痒い。
ふと目が合い、ネネコは何故か嬉しそうにニッと笑みを浮かべた。
「トーコを呼んで良かったなぁ」
「何で?」
「トーコはさ、色んな物を観察するし、頭が良いじゃん。ずっと羨ましいって思ってたんだ」
「そうなの?」
初耳だ。
ネネコは頷く。
「仲良くなりたいって思ってたんだよね」
私がネネコの人懐っこさやコミュニケーション能力を羨んでいたように。
ネネコもまた、私のことを羨ましく思っていたんだ。
私たちはもしかしたら、似たもの同士なのかもしれない。
「トーコ、リアラルティアは楽しい?」
「えぇ? どうだろう」
リアラルティアに来て一週間が経とうとしている。
何だかこの一週間は、ずいぶん濃かった。
何もかもが未知で、怒涛のように激しかった記憶しかない。
だけど――
「悪くないかも」
ワクワクしている自分が居るのを、確かに感じている。
「お前たち、仕事だけじゃなく、ちゃんと人間界の勉強もしな」
「げっ! 宿題あったんだ! 忘れてたぁ! トーコぉ、助けてぇ!」
「だから毎日コツコツやろうって言ったじゃん……」
まだまだ夏休みは始まったばかり。
今年の夏は、生涯忘れられないものになる気がしていた。
異世界牧場物語 ~女子中学生、モンスター牧場で働きます~ 坂 @koma-saka
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