第20話 地獄【Eternal Pain】
メフィストは泣いていた。
愛する者の為に戦うことがこんなにつらいものだとは思いもしなかった。
これまでメフィストは自分を愛する者に戦わせることはあっても自分から戦うことはなかった。
だが、今愛する焔山の為に闘いそして敗北しようとしている。だが、不思議な充足感がメフィストの心を満たしていた。
(ああ、ああ……これが他者を愛するってことなのね。愛するってこんなに幸せなことなのね。愛のないSEXなんてもう……)
片翼を失い地を這いつくばる傷だらけのその姿はまさしく堕天使。
己の中の愛に気付いたメフィストは慎やかな神性を帯び始めている。だが、己が積み上げてきた
メフィストはこれから2000年の時をかけて地獄の最下層〟無間地獄〝に落ち、一中劫(人間界の時間では349京2413兆4400億年)地獄の責め苦を味わい続けることになる。
メフィストは叫んだ! 仏の無慈悲に対する怒りだった。
「大威徳明王! 貴様こそ無間地獄に落ちろオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」
「(仏は余裕の笑みを浮かべながら六本腕を一つに束ね振り上げる。鉄槌の構え)」
「いやああああああああああああああああああああああああああああああああアアやだあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああジゴクニオチタクナイヨオォォォォおちたくないおちたくないオチタクナイオチタクナイオチタクナイ”じごぐ〝に〝お〝ぢ〝だ〝ぐ〝な〝いよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!! 焔山たすけてぇ、私、あなたと一緒に生きていきたいよぉ……」
「(地獄に叩き落すため悪魔に鉄槌を振り下ろす。しかし、背後に突如として巨大な魔力反応。六つの頭の一つを振り向かせると、そこには――――)」
衝撃。大威徳明王の六つある頭の一つが消し飛び、全長30メートルはあろうかという巨体が吹っ飛んだ。地面に倒れ伏した大威徳明王は瞬間的に残り五つの頭を自分を吹っ飛ばした存在がいる方へと向ける。
そこに浮かんでいたのは眩き紫色のオーラを翼の如く纏いし黒衣の悪魔憑。その証である一対の赫印の灼眼が怨嗟にギラついている。右手の中指を大威徳明王に向けておっ立てたそして落とす。〟地獄に落ちろ〝を意味する〟ジェスチャー〝だ。この世に生を受けた者への最大の侮辱【地獄に落ちろ】
「消え失せろ、汚仏が」
吐き捨てるような暴言。
「(仏は御尊顔を紅潮させながら怒りにプルプルと震えてみる。仏の顔は三度までだが、その戒律を破るべきか否か真剣に悩む。う~む……)」
大威徳明王は五つの顔で怒り、迷い、戸惑い、迷い、怒りの表情を表しながら顎に手を添え闖入者への対応を考える。
「あぁ、焔山、焔山」
メフィストは自分を地獄に落ちる運命から救ってくれた救世主の名を呼ぶ。黒死焔山は無言で大威徳明王に見えないように背中に左手を隠し、メフィストに見せる。メフィストは絶句する。左手が浄化され、まるで溶解されたかの如くぐちゃぐちゃになっている。
「その、手、どうしたの……」
「相当高次元の存在のようだな。あの仏の神力、身に纏っている神気だけで俺の全魔力よりもある。おかげで、触れた手がこんなんだ。触るなよ、浄化されるからな。俺の魔力で神気を相殺できないとは……こんな経験は初めてだ。奴め、何者だ?」
「ああ、どうしたら――――そうだわ。私は焔山の恋人。命を懸けて守らなきゃ――――焔山」
「(どうしようか……。 ポン! 仏は事の顛末を見守ることにする)」
「ミーシャ、逃げろ。時間を稼ぐ。こいつには勝てない」
「逃げて」
魅了。焔山は
「無駄だ、その程度の魔術、俺には効きはしない」
「何で! さっきは効いたのに……」
「かかりたかったんだ。お前の優しさに、甘えたかった。ミーシャ」
「な」
「I Love You…」
唇を重ねる。魅了。焔山はメフィスト、いやミーシャに術をかけ無理やり命令を聞かせる。
「逃げろ」
「ん……分かった。焔山がそう言うなら」
メフィストは地面を走って逃走。恋のパワーでブーストがかかった魅了。焔山はその力で肉体の限界を超えた速度をメフィストに強制する。速い速い。脳と心のリミッターは外れっぱなしだ。後々脳と心と肉体とに後遺症が現れるだろうが今は手段を選んではいられなかった。何故なら、大威徳明王が「(逃がすか!)」二人を殺そうとしているからだ。五つの内、中央の顔の額にある白毫(白い渦毛)から光線が発射される。直撃すれば死は免れぬだろう、圧倒的な法力の籠った一撃だ。凄まじい速度で焔山に迫り来る。焔山は左手を前方に構え、その五指を押し広げた。掌の中央に黒色の魔力が発生する。
「
ドス黒い赤と黒がヘドロの如く混ざり合い蠢く異形の渦が左手前方に発生した。あらゆるものを蝕み喰らい尽くす悪食の盾。その禍々しき盾で、メフィスト目掛けて発された光線を焔山は吸収。
(よし。悪魔の崩蝕なら防げるようだ……)
「(ほう、やるな。ならば五本同時だ)」
「何だと!?」
五つの額、五つの顔、五つの白毫から同時に光線が発射される。狙いはそれぞれ焔山の脳、心臓、肺、丹田、生殖器。光速で迫る来る5つの光撃。焔山は身の捻りと悪魔の崩蝕のピンポイントカバーで急所を外そうとする。
「うっ、ぐあああああああああああああああああ!」
真っ白な痛み。焔山は下腹部を見る。上半身に位置する脳と心臓と肺への光撃は焔山の必死の身躱しによりそれぞれ耳、肩、あばら骨に狙いが逸れていた(もちろん痛みはある)。が、その分下半身をあまり動かせなかった。被害は甚大だ。丹田から股間にかけてどでかい穴が空き、千切れた痛覚神経から激流のような痛みが流れてくる。気が狂いそうな痛みの奔流の中で焔山は何とか次の攻撃に備えようとする。だが――――。
「(「これで終わりだ」。仏はこれまでで最大のエネルギーを額に集める。「地獄に落ちろ」)」
「っぅ。ぁぁ。
光粂が焔山の心臓を打ち砕く。
何かが千切れる音。
プツン。
「あ……」
肉体と魂を繋ぐ鎖【シルバーコード】が断たれた。
焔山の魂が物質界の器である肉体から解き放たれる。
物質界との繋がりを失った魂は地獄へと落ちて行く――――
これより少し前、焔山がメフィストと交尾をしている最中。
「ぷはぁっ!」
セィラ・ホリィと刻まれた墓石の下から一人の可愛らしい少女が這い出す。少女は土ぼこりをパンパンと払うと、天より授かりし啓示の場所目指して歩き出した。
「私が行かなきゃ。世界が待ってるんだから……あっ」
ふと、セィラは一つの墓石の前で歩みを止めた。その墓石に刻まれたアリスという名前はセィラにとってとってもとても馴染み深い名前だった。アリス。かつてグノーシス中央聖教会に在籍した【ラファエル】の聖女である。ラファエルはかつて地獄の門を封印した三大天使の名で、その守護と力を授かりし聖女アリスはとてもとても教会に重宝された。だが、ある時、当時最強の聖戦士であるイルミナメーソンの護衛の元でのエデン東教会への旅の途中、何者かに連れ去られ以後消息不明となる。それからアリスがどんな運命を辿ったのかは誰も知らない。だが、ここにその名前を刻まれた墓があるということは、つまり――。
「お、お姉ちゃんが、嘘、そんな」
セィラは顔を覆い泣き崩れる。セィラにとってアリスは憧れであった。そして姉妹であった。
いつも父がリンゴ酒を飲みながらこう言っていたのを思い出す。
「あのアリスの生みの親聖母ミザエル様を孕ませたのは実はこの俺だったんだよ。お前はアリスの妹なんだ。その自覚を持って聖女らしく振舞うんだ――ああ、そうだそうだいい子だもっと俺に優しくしてくれよアリ……セィラァ……」
自分なりにアリスのように振舞うと父はとても喜んでくれた。父は酷く暴力的だったがアリスのように振舞っているときだけは優しかった。だからセィラはアリスに憧れた。もっともっとアリスに近づきたい。アリスのようになりたい。自分はアリスの妹なんだから誰よりもアリスに近い存在のはずだ。だからアリスになろう――――。
「アリスお姉ちゃん。天が啓示を下して下さったのならそれに従わなきゃダメなんだよね。悲しんでる暇なんてないんだよね。なら、セィラは行きます。それが私の使命だから――」
セィラは歩き出す。神の啓示が指し示す場所へと。それぞれの運命の交差点へと――。
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