第14話 七つの大罪【プランク】



 四方を石の壁に阻まれた密室。

 シャウラ・レヴォリュシオンが密室の中で座禅を組んでいた。

 目を瞑り、耳栓を嵌め、胡坐の上で逆手を組み、丹田を囲むように円を作っている。

 動かざること死体の如し。

 それもそのはず。

 シャウラは呼吸をしていなかった。




(この男。一体俺にどんな試練を課そうと言うのだ…………)


 不気味な笑みを浮かべるディーヴァ。


 その背後の暗闇から、5人の阿羅漢達が現れる。


(こいつらが五大悟天か……)


 シャウラは、ゴクリと唾を飲み込む。五大悟天の放つただならぬオーラに気圧される。


 男4人女1人。一人を除き、いずれの五大悟天も、右肩を出すようにして法衣を掛けていた。


 これは、偏袒右肩へんだんうけんと呼ばれる掛け方だ。


 ブッダガヤ仏塔の僧は、みな法衣を偏袒右肩で掛けている。


 デーヴァに対する最大限の敬意だ。最低限の礼儀でもある。


 ちなみに当のデーヴァといえば、両肩を覆うようにして法衣を掛けていた。


 これは、当代の仏陀にのみ赦される、通肩と呼ばれる掛け方だ。


 デーヴァが、いかに特別な存在であるかを、シャウラは服装の違いから見抜く。


(流石に、ブッダガヤの仏陀を務めるだけはあるな……)


 心中で、素直な賞賛を送る。デーヴァの圧倒的なカリスマ性。それは、己には無いものだ。同じ一教会の党首として、尊敬に値した。


「Self-introduction(自己紹介)」


 五大悟天が僧階順に古代語で自己紹介を始める。


「Brahma Darman Brafman」

「God of earth Bumif Pritivee」

「The moon world Rezina Chandra」

「Yama heaven Naraka Yama」

「Breadwinner Bagadeen Mahachara」


「「「「「「We are five enlightenment heaven!!!!!」」」」」」


 大音声が仏塔を揺るがす。五大悟天の力によるものである。


 シャウラは、頭を掻いた。正直な感想を呟く。


「意味が分からん……古代語はやめてくれ。世界共通言語たるバベル語を使おうじゃないか」


 五大悟天の中央に立つ人物が、バベル語で答える。


「よし。ならばバベル語で話してやろうじゃないか。皆、バベル語でもう一度自己紹介だ」


 五大悟天が僧階順にバベル語で自己紹介を始める。


「梵天 ダルマン・ブラフマン」

「地天 ブーミフ・プリティヴィー」

「月天 レジーナ・チャンドラ」

「焔摩天 ナラカ・ヤマ」

「大黒天 バガディーン・マハーカーラ」


「「「「「「我等五大悟天!!!!!」」」」」」


 大音声が仏塔を揺るがす。五大悟天の力によるものである。


 シャウラは、五大悟天のリーダーと思わしき中央の人物に尋ねる。


「自己紹介感謝します。それで、私はあなた方に認められるために何をすればよろしいのでしょうか? どんな苦行にも耐える覚悟です。どうぞ、私の覚悟をいかようにでもお試しあれ」


「然り。今からそなたが行うはまさしく苦行。我等五人がそれぞれ経てきた苦行を、そなたにも受けて貰う。そなたが我らが仕えるに相応しき人物ならば、必ずや苦行を全うし生還するであろう。もし、相応しくない人物であれば――」


 中央の人物――梵天のダルマン・ブラフマン――お腹と背中の皮がひっつくほど体を痩せこけさせ、一切の体毛が抜け落ち、真黒に肌が変色した、歯並びを縁取る怪物の如き異形の頬が特徴的な、禿頭白目のインド人の血を引く成人男性――が、右手の親指で地獄を示し、そのままストンと落として見せた。地獄に墜ちるという意味のジェスチャー。


「そんまま地獄に墜ちる」


「どんな苦行にも耐える覚悟、と、私は申しました」


「ほう」


 ダルマン・ブラフマンは、顎に手を当てる。


 感心とともに、ダルマンはグノーシス中央聖教会新大司祭のシャウラという男に、関心を抱いた。


 ダルマンが、試す様に、シャウラに告げる。


「グノーシス中央聖教会の上級神徒は腰抜けのフニャチン揃いと聞いていたが、さて、私の聞き間違いだったろうか? 今ここにいる、グノーシス中央聖教会の大司祭とやらは、私の目には中々の高潔漢に映る」


「いえ、その風聞は間違ってはいません。確かに、グノーシス中央聖教会の上級神徒は腰抜けのフニャチン揃いでした。断罪に値する姑息な卑怯者集団です。ですから私が皆殺しにしました。そして、グノーシス中央聖教会は神グノーシス中央聖教会へと生まれ変わったのです。私の手によって! かつてのグノーシス中央聖教会は、もう地上には存在しません。今頃フニャチン共は、地獄で阿修羅と化していることでしょう」


「……皆殺しだと? そなた、グノーシス中央聖教会の上級神徒を、皆殺しにしたのか?」


「はい、私が彼らを皆殺しにしました」


「罪を犯したと、思わぬか」


「グノーシスの腐敗は、そうでもしなければ止められない程、根深かった」


「……人が人を裁くか。罪深いが、それも末世における優しさなのかもしれんな」


「正義の裁きですよ。この世には断罪しなければならない罪人が多すぎる。少し、講釈しましょう。そもそも、罪人をこの地上に生かしておいても、それは本人のためになりません。一刻も早くその生を終わらせることこそが彼らの為になるのです。そうすることで、彼らは現世にてそれ以上の罪を重ねずに済み、結果として魂の救済に繋がると言うわけです。罪人を見たら、どんどん殺すと良いでしょう。彼らのアートマン(真我)は、女性が男性に貫かれることを望むように、より高尚な存在に殺されることを望んでいるのです。罪人を殺すと、殺した者もまた、救われます。魂の救済という、この世で積める最高の功徳を積んで、神の恩寵を賜ることになるからです。このように、人を断罪すると、罪人にとっても断罪者にとってもHAPPYな結末を迎えることが出来ます。だから私は、罪人を断罪するのです。私なりの、優しさなのですよ。グノーシス中央聖教会の上級信徒共を皆殺しにしたのもね」


「…………真理に触れておる」


「ブラフマン様。この男は信用なりません」


 レジーナ・チャンドラがダルマン・ブラフマンに進言を行う。 


 レジーナは、インド美人だ。古代の世界において、インド人は世界一の美貌を誇る民族だった。アイヌに、匹敵する。


 レジーナは純血のインド人であるから、それはそれは凄いインド美人。浅黒い肌、彫りの深い顔立ち、純黒のウェーブヘアー。それら全てが組み合わさって、オリエンタルの魅力を極限を越えて引き出している。


 七天皇が一人、月天のレジーナは、万人が万人振り返る絶世の美女だ。その美女が、顔をしかめて、シャウラを睨む。魅惑的な、表情。


「この男は、狂っています。自分勝手な理屈で、仮にも神に仕える者達を大虐殺するなど、正気の沙汰ではありません。悪魔憑きと言われても信用できるぐらいです。こんな男、苦行を課す価値も無い。私はこの男を絶対に認めません」


「まあ、落ち着け。我もまだこの男を完全に認めた訳ではない。苦行を課して、それからだ。本当に僧伽の力を託すに相応しい男かどうかの最終判断は。まずは、苦行を受けさせる。いいな? チャンドラ」


「……了解しました。僧伽のリーダーたるブラフマン様がそこまで仰るなら、苦行を課しましょう」


「よし、苦行課すぞ苦行課すぞ苦行課すぞ苦行課すぞ苦行――」


「さっさとしろ。時間がない」


 シャウラはダルマンにぶっきらぼうに告げる。


「え?」


 ダルマンはキョトンとした眼でシャウラを見た。


「時間がない。さっさと私に苦行を課してください」


「う、うむ。ついてくるがいい」


 歩きながらシャウラに手招きするダルマン。シャウラはその後を付いて行く。他の五大悟天達も。


 デーヴァは静かにその6つの背中を見送った……。



 

 シャウラと五大悟天は一つの部屋の前に集っていた。重々しい石造りの扉の内様は、外側からはうかがい知れない。シャウラは小首をかしげる。ダルマンが解説をする。


「こん部屋は第一の苦行〝水死″の部屋だ。こん部屋に垂れ下がっとる紐を引っ張ると天井から水が注がれ部屋を満たす。その状態で10分間過ごすのだ。苦行は自発的な意志に基づかなければその意義を失くす故、いつでも内部から扉を開けて脱出できるようになっておる。もちろん、そなたでもな。だが、その場合は――――」


 フン、と鼻息で、シャウラはダルマンの解説を中断した。


 大司祭服の肩口に手をかけ、


「この程度の苦行で根を上げると本気でお思いか? やれやれ。私も見くびられたものだ、な!(ここで、バッ! と、服を脱ぐ。聖画のキリストの如き姿へ)」


 シャウラは青と白の大司祭服を脱ぎ捨て、白タイツも脱ぎ捨て、白い腰巻一丁となった。余りにも端正な肉体美が白日の下に晒される。


 驚愕に、どよめく五大悟天。レジーナは頬を赤くして顔を背けた。シャウラの贅肉一つない余りにもパーフェクトな肉体美に目をやられたからだ。古代ギリシア彫刻のように端正で、金剛力士像のように力強く、ミロのヴィーナスのように美しい造形の肉体だ。才能ある者がたゆまぬ精進を経てのみ達し得る肉人形の極北だった。レジーナは、ごくりと生唾を飲み込む。女には刺激が強すぎるからだ。七天皇のシャウラに対する印象を変えるには十分すぎるインパクトがある。


(なんて美しい肉体。レジーナ感激……)


 シャウラは天に人差し指を掲げる。


「1時間だ。10分などグノーシス中央教団の教習信徒でもこなせる。私なら無呼吸で1時間保つ」


「1時間! 1時間と言ったのかそなた!? それはデーヴァ・マハーヴァイローチャナ様の記録〝50分〟を塗り替えるタイムではないか! 天に刃向かおうというのか!」


「刃向かおうというのではない。満点の星空が見たいだけだ。凛とした、綺麗な星空を」


 五大悟天達は驚愕に波打つ。


「第一の苦行〝水死″だか何だか知らないがこのシャウラ・レヴォリュシオンの障害ではない」


 悪魔憑でも見るような瞳を向けてくる五大悟天達に、シャウラはこう言い放った。


「覚悟して待つがいい。常識が音を立てて崩れ去る瞬間ときを」



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