第15話 暗夜の死葬【Gespenst】

 焔山は墓を作っていた。


 人無き廃墟と化したメフィスト教団。その裏地に、子一人ほどの背丈のゴツゴツとした岩が地面に埋没して13並んでいた。それぞれの岩には誰かが怪力で抉ったかのような不自然な窪みがある。それは、その岩の下に埋められている者の名前を示す記号であった。


 右から順に、アリスの墓、イーリアの墓、ウィンダの墓、エリザの墓、オアシスの墓、カンナの墓、キッスの墓、クィントゥスの墓、ケリィの墓、ココアの墓、サラの墓、シーンの墓、スミレの墓、と描かれている。


 岩達は、焔山の手によって作られた歴代の聖女たちの墓であった。そして今まさに、14人目の墓が完成しようとしていた。


 焔山が、岩に最後の一文字を抉り終える。墓標は、【セィラの墓】。セィラ・ホリィの死を悼んで作られたものだ。瞑目。焔山は、黙祷を捧げる。死後の安らぎを祈っている。焔山は死んで逝った者たちの死後の冥福を心の底から望んでいる……。


 「アーメン……。セィラよ。逝ってくれ。地獄を彷徨う必要はもうないんだ……」


 焔山は墓を見下ろしながらそう言った。


 「アリス、イーリア、ウィンダ、エリザ、オアシス、カンナ、キッス、クィントゥス、ケリィ、ココア、サラ、シーン、スミレ。……みんなみんな大好きだった。大好きだった……」


 沈黙。思い出すのはアリスの笑顔。イーリアのすまし顔。ウィンダの泣き顔。エリザのむく顔。オアシスの寝顔。カンナの横顔。クィントゥスのむくれ顔。ケリィの怒り顔。ココアのはにかみ顔。サラの赤面顔。シーンの蕩け顔。スミレの惚け顔。無償のアガペーによって自分を愛してくれた歴代の聖女たち。


「彼女らは一人残らず天国に行けただろう。天使なのだから……そして、幸せになるんだ」


 聖女とはこの地獄のような地上にたまたま生れ落ちた哀れな天使だと焔山は思っている。そして、その天使たちを天国へと送り返すのが自分の使命だとも。だが、その使命を覆してでも時に一緒にいたいと思わせるような聖女もいる。例えば焔山が初めて出合った聖女【アリス】がそうだった。オアシスやクィントゥス、サラもまた一緒にいたいと思った聖女だ。そしてセィラ・ホリィも……。


「力の加減を間違えてしまった。だから、セィラは死んだ。それはつまり運命が俺に安らぎを与えることを拒否したということだろう。何故ならば、俺には使命が、使命が……」


 うずくまる。セィラ・ホリィと一緒にいたかった。あの小さな天使を隅から隅まで己がものとしたかった。それなのに、セィラは死んだ。それが、焔山の使命だったから。「それが、俺の……」使命だったから。それが、それが、soregaorenosh――――。


「助けてくれ! お願いだから俺を助けてくれ……」


 地面に膝を突き両手を突き頭を垂れたその姿は【黒い死神】と呼ばれ畏れられる男のものとは思えなかった。そこにいるのはこの世界に絶望しきった――――つまりこの世界のどこにでもいる普通の男だった。くだらない男。


 足音。ザッ、ザッ、とその後ろ姿に近づいていく。うずくまる背中に柔らかな胸を押し当て、力の限り抱きしめる。


「焔山……」


「ミーシャ……いや、メフィストか。……殺した、はずだったのにな」


 ミーシャ――――の体を借りたメフィストは両手で焔山の顔を挟み込み、そのまま振り向かせて接吻くちづけする。舌と舌が絡み付き唾液がぐちゅぐちゅと泡を立てる。口内を味わい尽くす。粘膜と粘膜を擦り付けあう。


 やがてメフィストは糸を引きながら舌を抜き離し、熱っぽい瞳のまま焔山に告げる。


「焔山……あなたがその気になれば私なんか魂の欠片も残さず葬りさることができたでしょう。そう、いつだって。なのにそうはしなかった。心臓を潰されたって私は蘇生できるってこと、あなたなら知っていたでしょう。あなたはわざと私にとどめを刺さなかったのね――――嬉しい」


 そうだ。確かに俺はとどめを刺そうと思えば刺せた。それなのに刺さなかった。その訳は――――。


「そうか。俺が本当に愛しているのはお前だったんだな。今頃になって気付くとは……」


「焔山!」


 ミーシャの形をしたメフィストが胸に飛び込む。絶世の美女であるミーシャはプロポーションも完璧だ。柔らかな乳房が焔山の胸板に押し付けられむぎゅぅと形を歪ませる。無感動にその感触を味わいながら、それでも焔山は欲望を滾らせた。


「ミーシャ」


 押し倒されながら、焔山はやはりミーシャを見ているのだと思い知り、メフィストは少し悲しい気持ちになった。そして、胸の内でほくそ笑んだ。やはり、雄という生物は静粛たる女が好きなのだ。自分の上にまたがる絶世の美男子に視線を落とす。必死に腰を振る焔山を愛おしく思う。そして同時に滑稽にも思った。


 ミーシャ・スターラという人格は悪魔が演じているものだとも知らずに――――

 


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