第13話 悪夢の蜃気楼【ミラージュ・オブ・ナイトメア】
メフィスト教団跡地。
メフィスト教団は、ミーシャ・スターラと黒死焔山なき後、氏も素姓もばらばらの糞悪魔達に、何度も何度も断続的に襲われた。
その度に女は気狂いとなり、男は肉と臓とを生きたまま喰い貪られ、そのどちらともが永劫にも匹敵する苦痛の中で、この地獄の世に己を産み堕とした神に聾唖の呪詛の念を怨み込め送りながら、神の御元へと帰って行った。
地獄に残された産み堕とbaby達は、神の待つ天壌へと怨嗟の声を吐きかける。
「糞野郎! 皆のたレジねば皆平和だ! 皆死ぬのがお前の望みなんだロ! だったら死んでやるよォッ! ざまみろっ!」
果たして、その願いは聞き届けられることとなった。神ならぬ、悪魔の手で。
黒い死神が、一陣の
黒死焔山は、血糊を一振りで払い切り、綺麗な刀身の銀剣を背の剣鞘に収める。
いかなる感情も、その赫印の赤眼には見当たらない。ただ、僅かばかりの慈悲が、瞳の奥に揺らいでいる。
焔山の背後から、「ハッ、ハッ、」、と息を切らす音が近づいてくる。セィラ・ホリィの吐息音だ。
ホワイトスノウの銀髪を揺らしながら走るセィラ。焔山の背に、ようやく追いついた。
「ぜぇ、ぜぇ、」と息を切らしながら、セィラは、焔山に詰問する。
「何故、何故罪も無い人々を鏖たのですか。彼らにだって、生きる道があったはず――――」
「具体的に言え。どんな道があった? 彼らに、どんな道が」
「それは――――」
セィラは、言葉に詰まる。
黙って見下す焔山。
足りない頭を使いセィラは考える。
(具体的な、生きる道――――)
ハッと気付き、セィラは焔山を見上げた。
眼が合った。
セィラは顔を紅潮させながらはずかしそうに俯き、胸の前で人差し指をつんつんしながら、上目遣いで焔山に言う。
「焔山さんが守ってくれる、とか」
「論外だ」
「何で!? だって、焔山さんにはその力があるでしょう」
「この力は、俺のモノだ。俺の為だけに振るう」
「焔山さん……」
「何だ? 文句でもあるのか」
「私は、焔山さんは本当は優しい人だって知っていますよ。だから……どうか。プロパトール様の愛を信じてあげて……。私も、焔山さんのことを愛していますよ……。だってあなたは、神託の救世主様だから……」
セィラは、眼を閉じ、胸の前で小さな両手を可愛らしく組んで、焔山の為に祈った。焔山が、至高神の愛の下で幸せな自分に目覚めるように…………。
セィラは、眼を閉じていた。だから、気付けなかった。焔山が放つ怒気に。般若の如き恐ろしき面様に変じた、焔山、いや、悪魔憑に。
いきなり、ガバリ!、と、焔山はセィラのシスター服を捲り上げ、その純白のパンツに右腕を突っ込む。
「あっ!?」
驚きの悲鳴を上げるセィラ。両手で焔山を突き離そうとするが、少女の膂力で悪魔憑に対抗出来る訳がなく、むしろ余った左腕で強引に抱き寄せられ、セィラは焔山と密着状態になる。
「うっ……ぁあ……」
泣きそうな表情で呻くセィラ。焔山の愛撫は、とどまるところを知らない。
とうとう中へと侵入を果たした焔山の指。その指が、とある箇所で行き詰る。
焔山は、ぐちゃぐちゃ指をうねらせる。まるで、セィラをいぢめるよう。
「ンん……ッ!?」
未知の感覚。快感よりも恐怖が勝る。セィラは、初めて焔山に純粋な恐怖を覚えた。
赫印の赤眼が鋭く光る。腕の中の柔らかくてか弱い生物の胸に生まれた恐怖を、見て、嗜ぶ。
ドス黒い悪意の込もった声が、焔山の口からセィラに向けて発せられた。
「二度と俺の前で神の愛を語るな。さもなくば、処女膜を破り、聖女でいられなくしてやる」
「そんなの、別に……心さえあれば聖女だから……」
「只の少女となったお前を、俺の生涯の肉便器にしてやってもいい。悪魔の力で感度を一兆倍に引き上げ、ヘロインで溶かし、媚薬で蕩かし、心と欲望が融けるまでありとあらゆる快楽を与え続け、悪魔の力なしではイケナイ身体にしてやろう。楽しみだなァ。悪魔の下に堕したお前は、快楽を貪るために自らあどけない肢体を俺に晒すようになるのだ。その時、貴様は知るだろう。神の愛でなく、悪魔の愛に跪くことこそが至高の喜びであると。祝福しろ。悪魔の愛を。さすれば。快楽の。頂ヲ。オ前に。味わワせてヤル。●●●●。ノ。チカラノ。スベテヲ。ツクシテナ。アッ!!」
「ひっ――――」
焔山の左腕が、首元から、シスター服の内側に侵入し、突起を触った。右腕も、動き続けている。
熱く上気するセィラの頬。吐息が、甘く焦がれる。悪魔的に耽美端正な相貌。そのオーナーたる焔山が発した言葉が、脳内で駆け巡る。一兆倍一兆倍一兆倍一兆倍一兆倍一兆倍一兆倍一兆倍一兆倍一兆倍一兆倍一兆倍――――
「――――んむゅ」
焔山に抱きつく。両手で、ホールド。強い決意を込めて、セィラは焔山を見上げる。
どこまでも蒼く透き通った、蒼印の天眼。
淀みなきその輝きは、セィラの心の顕現だった。
焔山は、その瞳の輝きに戸惑う。
「こ、こんなはずでは――――」
「私は、焔山さんを信じています。例えどんなことがあろうとも。焔山さんが、悪魔の誘惑に打ち勝つことを――――」
「ぐぅっ!?」
突如、焔山は頭を抱えて呻きだす。人と般若の中間の表情で。
「グゥゥゥゥゥゥゥウウウウウウウウウウ」
「あなたは、本当は優しい人――――」
「見るな、俺をそんな汚れ無き瞳で見るなッ! ウワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!! じゃないと地獄が溢れ出て来るじゃないか」
「? キャっ!?」
セィラの肉体を焔山は両腕で抱き締める。愛の発露だった。
支離滅裂な言動と突発大胆な行動を繰り返す焔山。セィラは、戸惑った。
「え、焔山さん!? 今度は何を――――」
「俺の聖女よ――――光の天使よ――――救済を下さい――――」
「えっ!?」
「この世に生まれ落ちてからずっと●●●●の囁きに抗ってきたが、全てが終わることを期待して生きてきたが、もうそろそろ俺も理解した。この世に終わりなどなく、苦しみは永劫に存在し続け、死だけが人間にとっての唯一の救いなのだと。黒い死神などと呼ばれて大分経つが、俺は苦しんでいる善人を救っているだけなんだ。死を与えることによって。先程の彼らも、生きていても糞悪魔により惨たらしく殺されるがオチだ。だから、いっそ安らかな死を与えてやる方が彼らにとって幸せだったんだ。俺に宿った悪魔の力は、人を救済するための力だと思っている。だが、俺の憑悪魔たる●●●●は
白い背に焔山の指の爪が喰い込み、シスター服に赤い血が滲み、脊髄が軋む。それでも、焔山はセィラを抱き締める力を緩めなかった。過去何人も、焔山は聖女をこうやって殺してきた。セィラも、例外ではなかった。脊髄がボキリと音を立てて折れる。セィラが血を吐いた。黒ローブの内のブラックオーバーオールを通して、ぬめった生温かい感触が焔山の胸に伝わる。ここに至って、焔山はセィラが絶命したことに気付く。
光の摂理を伝える空の如く透き通った蒼印の天眼は、もはやいかなる色も映していない。
焔山は、
「死んだ…………」
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