第11話 武神【ゴッドアームズ】

 シャウラは、ロンギヌスの槍を右手に携え荒野を行く。背後には、一つ目を模した鉄細工を頂に刺す、黄土色のピラミッド状の建物。エデン東聖教会だ。


 エル・フェン・リトから借り授かったロンギヌスの槍を、シャウラは改めて眺めた。ただの、無骨な鉄槍。だが、その無個性なシルエットが放つ霊的圧力は、シャウラが今まで扱ったどの武器をも遥かに凌駕している。シャウラの背筋を、冷たい汗が伝う。


「これが、ロンギヌスの槍……恐ろしい武器だ。ウリエル様の力を全て乗っけても、この武器なら、あるいは…………」


 刻印の燭眼ルーンアイを通して武器や防具に天使の力を付与して戦う聖戦士たちは、一目で武器の真価を見抜く。武具の選択には命がかかるため、必然目利きが鍛えられるのだ。


 シャウラは、聖戦士達の中でも、特に目利きが効く。武神ゴッドアームズの異名が表わすように、あらゆる武器を極めたシャウラは、武器の材質、強度、特性、果ては神性までもを一目で見抜く。


 ロンギヌスの槍は、あらゆる点でパーフェクトな武器だが、特に神性がずば抜けている。シャウラは、身震いした。


(この武器なら、黒死焔山を殺せるかもしれない……)


 ふと、立ち止まる。首を、右に傾ける。髪を掠めて、手裏剣が遥か後方に抜けてゆく。エデン東聖教会の外壁に、深々と突き刺さった。


 続けて、2投、3投。脳天の破砕を狙った眼にも止まらぬ手裏剣の投擲を、シャウラはまたもや首の動きだけでかわした。エデン東聖教会の外壁に、更に2枚の手裏剣が追加される。


刻印モードファルケ


 シャウラは、刻印の燭眼に意識を集中させる。刻印の燭眼に刻まれた文字が、切り替わった。


 4投目の手裏剣も首の動きだけで交わしながら、シャウラは敵の姿を発見した。


 前方。遥か彼方に、忍者装束の、女。悪魔憑だ。血のように赤い、「刻印【ウリエル】、断罪の業火」


 刻印の燭眼が、忍者装束の女の〝罪″を認めた瞬間、忍者装束の女の身体が内側から発火した。燃え尽きる女。跡形もなく、この世から焼失する。悪魔ごと、浄化したのだ。


 遥か彼方で、断罪の浄火が消失したことを視認し、シャウラは、息を吐いた。いつごろからか、あとをつけられていたらしい。それも、尋常じゃない方法で。


 悪魔憑は、いつもこちらの予想を超越してくる。悪魔憑は、超常の力を持つ上に、狡猾で、卑怯で、残忍だ。どんな薄汚い手も、平気で使ってくる。余程強力な力の持ち主でない限り、この漆黒の荒野を歩くものは、たちまちのうちに悪魔の餌食となるだろう。


 だから、アイオーンの力による結界の張られた聖教会に保護してもらうか、強力な悪魔憑の支配する邪教団に保護してもらうか以外に、人類に生きる道はないのだ。


 ただし、前者は神官達による厳正な審査を受ける必要があり、後者は生贄と奴隷労働を強要する。だれも、望んで邪教団に行く者はいないが、神官達の厳正な審査を潜り抜けれる人類はごく僅かだ。神官たちは、どこまでもつけ上がり、女には肉体を要求し、男には能力を要求する。だが、例え肉体を捧げても女は美人以外を取らず、例え能力があっても男は気に入る人格でなければ平気で弾く。


 シャウラは、グノーシス中央聖教団の改革に成功したが、ほとんどの聖教会が未だ旧態依然の体質を引き摺っている。罪深いことである。眼が乾く事態だ。


 結果として、ほとんどの人類は、悪魔憑の支配する邪教団で保護され、望まぬ生を享受せざるを得ないのだった。これが、世界の現状だった。


 シャウラは、ロンギヌスの槍を握り締める。このタイミングで襲撃をかけてきたということは、敵の目的はこの槍だろう。ならばこそ、余計にこの槍を渡す訳にはいかなかった。どんな悪用をされるか、分かったものではないからだ。


「少し急ぐか。悪魔の大地に、長く留まるのは危険だ」


「その通りで御座る。この大地では、何が起きるか予測が付かない」


「!?」


 前転。素早く起き上がり、背後に向き直る。そこには、侍装束の、男。悪魔憑である。血のように、赤い瞳。


 忍者に、侍。シャウラは、悪魔憑たちの教団名を、悟った。


「ユダヤ邪教団か……。グノーシス中央聖教会に保管されし古来の書物で読んだことがある。日本と、ユダヤの関係をな。悪魔の血を分ちし、同一祖の異母兄妹。侍に、忍者。古代日本族の殺人官職か。ユダヤ邪教団も、随分と邪悪な職業を復活させたものだな…………。この世で、ニ番目に邪悪な宗教団体の宗畜が」


「しかり。拙者はユダヤ邪教団の信徒に御座る。一見で見抜くとは、流石の洞察力。シャウラ・レヴォリュシオン。しかし、我がユダヤ邪教団がこの世でニ番目とは、聞き捨てならぬ。ならば、どこの邪教団が、一番邪悪だと言うのだ?」


「決まっているだろう。我がグノーシス中央聖教会がかつて滅ぼした、今は亡きIS――――ええい! そんなことは今はどうでもいい! どうせ、僕の命をりに来たのだろう? さっさとかかってくるがいい」


 侍が、腰の鞘から刀を抜き放つ。刀身が、呪われたように、赤い。凄まじい圧力を放つ、名刀だ。


(あの血に濡れたが如き赤味の刀身、村正か……。良い。僕のコレクションに、加えたい所だな)


 侍が、村正を肩の高さに並行に構え、禍禍しい切っ先をシャウラに向けた。


 シャウラは、余剰が一切排除された侍の刀構えの美しさに、心の中でため息をついた。悪魔憑とはいえ、敬意を表するに値する武器の使い手だ。


 だが、所詮は悪魔憑。よくもこんな、姑息な手を思いつくものだ。


 ギラン。と、切っ先が太陽光を反射する。


「拙者は忍者のように汚くはないぞ。小細工を弄さぬ。いざ尋常に、参る!」


「ふん……痴れ事を……」


「何!?」


「貴様等は我が浄化の炎で地獄に葬ってくれよう。覚悟するがいい。生温(ぬる)い苦しみではないぞ」


 等。その言葉の示す意味に悪魔憑達が気付いた瞬間――――

 ロンギヌスの槍を、両手で頭上に突っ張る。ガキィィィィィィンと派手に火花が散った。侍は、動いていない。攻撃は、シャウラの後方からのものだ。


「――――化物め」


 呟いたのは、先程倒したはずの忍者装束の、女。


 シャウラの槍捌きが、女忍者が握るくないを弾く。忍者が、後転して距離を取った。


 風景と同色の人一人覆えるサイズの布切れが、はらりと、シャウラの足元に舞い落ちた。古代日本族が使用したと言われる隠れ身の術、それを再現するための光学霊彩マントだ。女、忍者は、この光学霊彩マントを使って、何も無い空間に隠れていたのだ。


 女忍者が、シャウラに問いかける。


「何故、分身の術と隠れ身の術を合和せし我が秘術【裏切りの術】を看破れたのだ。我が忍術は、当代一の精度を誇るのだぞ……!」


 覆面から覗く目が、憎しみに形を歪めている。


「契印の燭眼は生半可な術など容易く看破る。滑稽だったぞ。貴様が、術を看破られているとは夢にも思わず、両手でマントの角を掴み、必死に音を殺して隠れる姿はな」


 シャウラは、足元に落ちる光学霊彩マントに、視線を下ろした。鼻で笑う。侮蔑しているのだ。


 女忍者が、覆面に覆われた美しい顔を屈辱に紅潮させた。


「問答無用! 作戦は失敗だ。二人係りで仕留めるぞ! なばり!」


 侍が、鋭く状況を判断し、女忍者に、令した。


「ええ、士道しどう。こうなっては、この糞生意気な野郎を私達の和の力で殺すまで。りましょう」


「ハン。やってみろ。ド汚い糞鼠の血族が。白人に楯突くその傲慢、断罪ただしてくれよう」


「「殺(と)る!!」」


 侍と忍者が、全く同時にシャウラに襲いかかる。前後から、挟み打ちの形。


 シャウラは、天空高く跳び上がることで、難無く挟み打ちを交わした。シャウラの視界に、二人が同時に収まる。


 驚愕する侍と忍者。咄嗟に二人の眼が追ったシャウラの姿は、まるで太陽を背に羽ばたく神話のウリエルが降臨したかのごとし。敵であることも忘れて、二人はシャウラの美々なる姿に魅入った。


 シャウラは、ロンギヌスの槍を振り上げる。太陽光が、穂先を煌めかせた。


刻印モードウリエル】。煉獄の業火をその身に焼付けてくれる」


 ロンギヌスの槍から、極大の炎が遡り中空に渦巻く。地上一〇〇メートルの高さまで膨大し、熱と光を放つ聖なる炎。まるで、地上に降誕した極小の太陽だ。


 ヂリヂリと熱射線に炙られ、侍と忍者の身体から煙が立ち上る。余りの熱さに、皮膚が爛れ始めたのだ。二人は、苦悶の声を上げる。


 シャウラは、ロンギヌスの槍を地上目掛けて振り下ろした。二匹の悪魔憑が、抱き合って絶叫した。


断罪の烙印ジャッジメントインフェルノ


 あらゆる罪を浄化する聖なる炎が、地上に降り注いだ。二匹の悪魔憑は炎に呑まれ、心身と同化した罪が全て浄化されるまで、炎に炙られ続けた。


 やがて、二匹は、心の底から、神に罪を詫びた。その瞬間、全ての罪は浄化され、永劫にも思えた30分から、二匹は解放された。二匹は、焼け死んだ。跡には灰も残らず。


 灰をも気化する、摂氏1000億度の炎が、ふわっと一瞬で消えた。断罪の痕跡を、残して。


 二人の人間の魂は浄化され、煉獄へと落ちた。二匹の悪魔の魂は浄火され、地獄へと堕ちた。


 シャウラは、ロンギヌスの槍の凄まじさに、驚嘆した。シャウラの守護天使たるウリエルの力を。ほとんど全開に近いレベルで引き出して尚、槍はピンピンとしている。


「これほどとはな……。さすがは神器の一つ。並の武器とでは比べ物にならない。これ程の武器を振るう機会を与えてくれたエル殿には、いつか篤と御礼を申し上げなければ」


 シャウラの趣味は、武器の収集と武器の使用。特に、レア物には眼がない。いつかは、この世の全ての武器をこの手で使ってみたいとさえ思っている。厳格過ぎる環境で育ったシャウラの、唯一の心の安らぎが、武器と触れ合う時間であった。シャウラは、武器と共に育ってきたと言っても良い。


 シャウラは、武器を通して作り手の魂と対話する。武器が経て来た歴史を読み取る。武器の修錬を通して、己の内に神を感じる。愛を、学ぶ。


 武神の異名は、地上で最も武器を愛し武器に通じ武器と育ったシャウラに対して、今は亡きグノーシス中央聖教会の聖戦士達が捧げた最大限の尊称である。シャウラは、そんなグノーシス中央聖教会の聖戦士達を心から尊敬していた。ベートヴェン、モーツァルト、リスト、ワーグナー、ショパン、バッハ、ヘンデル、ラフマニノフ、チャイコフスキー、ドヴォルザーク、メンデルスゾーン、シュトラウス、エルヴィス。


 全員が、一騎当千の兵かつ、万物不当の聖者だった。神の御旗の下に集いし、鉄の意志と鋼の強さを併せ持った、十二使徒+一回心者達。


 彼らとなら、いつか地上を悪魔の手から救済出来る。そう、本気で信じていた。


 あの、黒い死神が現れるまでは。


「黒死、焔山……ッ!」




「ごふっ(くしゃみ)」


「どうしたんですか?」


「…………」


 黒死焔山は、セィラ・ホリィの手を引きながら、漆黒の荒野を歩いていた。


 自由な左手で、ハーモニカを黒ローブの内から取り出し、口にあてがう。


 変奏曲。即興で、焔山は心をメロディーに紡ぎ始める――――



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