第5話 威嚇する咆哮【ベヒモス・ゲブリュル】

 ベヒモス教団の教祖室。ロッキングチェアーに、2m40cmの超大男が足を組んで座っている。


 ウンザオヴァー・パンツァーヴォルフガングは、苛立っていた。女、女が欲しい。ミーシャが欲しい。


 裸の女が、ナニを咥えている。肩にしな垂れかかっている。太腿を撫でている。腰に手を回している。頭を撫でている。耳を舐めている。足を揉んでいる。右腕を胸で挟み込んでいる。左腕を股で挟み込んでいる。膝に尻を乗せている。舌で舌を愛撫する。

 キスしている女――名前はアイシャとでもいったか――の頭を右腕で潰す。血まみれの手で脳味噌を口に運び、咀嚼する。美味。だが、気は晴れない。ミーシャが、欲しい。


 あれほどの美女は、今まで万人を越える女を喰らってきたウンザオヴァーといえど見たことがない。凄惨な光景にも一切動じることなく何もかもを諦めた表情で慰安を続ける女たち。ウンアザオヴァーは、一人としてミーシャに匹敵する女はいないなと思った。


 何としても、手に入れたかった。


ルーフェン来い、オペラ」

「ハッ」


 教祖室の暗蔭から妙齢の美女が歩み出る。


 本名オペラツィオーン・ツェアシュテールングディメンズィオーン。イービルネームヨガテレポート邪悟師。破戒名アシーネ。オペラは、自分を破戒名でなく本名で呼ぶことを、ウンザヴォアーにのみ赦していた。


 オペラが、ウンザヴォアーの右後方で直立。敬礼。回申。


「何用でしょうか。ウンザヴォアー様」

「黒死焔山という男、どう思う。奴の戦いを直見した、貴様の意見を聞きたい。報告ではなく、意見をな」

「それは……」


 オペラは、諜報の悪魔サルガタナスの悪魔憑である。焔山と狂次郎の戦いを、オペラは透明化と瞬間移動の能力を併用し監視していた。そして先程、その事後報告をウンザオヴァーにしたばかりであった。それ以降、ウンザオヴァーはずっと不機嫌なままだ。


 ウンザオヴァーは、オペラに再び問う。


「奴は、俺より強いか」

「ぐ――――」


 オペラは返答に窮した。ベヒモス教団の教祖ウンザオヴァーは非常に獰猛だ。日に3人の女を喰らい、気にくわない人間は残虐極まりない方法で殺す。それでも信徒たちが造反せずひたすらウンザオヴァーの下で奴隷を続けるのは、それだけウンザオヴァーの力が圧倒的だからだった。ベヒモスという神話の獣に取り憑かれたウンザオヴァーという男は、その外観からして既に人の領域を越えている。ベンチプレス記録は1000000t。小指で腕立て伏せをこなし、パンチ一発で大地を崩壊させる。まさに獄小サイズのベヒーモスであった。


 人の姿でこれなのだから、魔性解放(パンデミック)した暁には一体どれほどの力を有すと言うのか……。オペラは生唾をゴクリと呑み込んだ。


「オ、オペラは、ですね……」


 オペラは、ウンザオヴァーを適当に褒めて、お茶を濁すことにした。機嫌を損ねては殺されかねない。


「オペラは、さしもの黒い死神もウンザオヴァー様には敵うまいなと思いました。ウンザオヴァー様には、地上の誰も敵いませぬ」


 ウンザオヴァーは、オペラを抱き寄せ、その唇を吸った。「あぁ!」と悶えるオペラ。涎をじゅるじゅる啜る。オペラは、瞳を潤ませる。オペラを十分に味わった後、ウンザオヴァーはぺろりと舌舐めずりをし、オペラに告げた。


「この味は嘘をついてる味だな。オペラ、俺は嘘はすかん。正直に答えろ」

「は、は! も、申し訳ありません! ウンザオヴァー様! お赦しを!」

「オペラ、貴様は有能だ。だから、殺さん。だが、俺に嘘をつくな。それだけ、誓え」

「は、はい! オペラは、今後一切ウンザオヴァー様に虚偽を申しません。ウンザオヴァー様、愛しています」


 ウンザオヴァーは再びオペラの涎を啜った。口内が、力尽くで蹂躙される。オペラが、喘ぐ。


「ふむ、正直は善いことだ、オペラ。で、黒死焔山は、俺より強いのか。答えろ」

「…………」


 再び言い淀むオペラ。今度は迷いからではない。その事実を、自分でも認めたくないからだった。


 だが、もう嘘をつけない。意を決して、オペラは言う。


「おそらく、ウンザオヴァー様より強いでしょう。オペラとしても認めたくはありませんが。黒死焔山は。ウンザオヴァー様と同じく、受胎せし魔人でしょう。そして、その守護悪魔の名は――――」


 そこで、オペラは一旦言葉をとぎる。自分でも、今から言わんとしていることが真実だとは到底認めたくないからだ。だが、ウンザオヴァーの視線に圧され、オペラはとうとうその名を口にした。


「守護悪魔の名は、おそらく、●●●●様です。あの魔力、●●●●様以外のものではありえません」


「何だと!?」


 ウンザオヴァーが絡みつく女たちを振り解き立ち上がる。そうせずにはいられないほど、オペラの告げた名は、衝撃的だった。

 ウンザオヴァーは、苦虫を噛み潰した様な渋面で、悩む。だが、ウンザオヴァーに選べる選択肢は一つだった。オペラに、確認する


魔性解放パンデミックはまだしていないんだな」

「はい、まだです。いくら●●●●様といえども、今の状態では本来の力の1%も発揮できていないでしょう。地獄で見たあの方の戦いぶりには、とうてい及びませんでした」


「ヴァルプルギスの夜だ」


 ウンザオヴァーは、即決した。オペラは、確認する。


「魔性解放をなさるのですね、ウンザオヴァー様」

「ああ、今しかない。●●●●が人の身にその力を封印されている今、攻める。●●●●を、喰らい、その力とミーシャを俺のものにしてやる。狂次郎の犠牲も無駄ではなかった。おかげで、この機に気付けたのだから」

「ミーシャ……」


 オペラは、忌々しげにその名を呟く。ウンザオヴァーは、初めて見たその時から、異常なほどあの女に執心している。近くに、私がいるというのに……。


「ウンザオヴァー様、ならば力を蓄えねばなりませぬ」

「うむ」


 女たちが、悲鳴をあげた。泣き叫ぶその面を一つ握り潰し、ウンザオヴァーは脳味噌を大口に頬張る。口角を歪め、女たちに告げる。


「貴様ら、喰われろ」


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