第6話 血の代償【エッグ・プラント】
ミーシャは男児を貪り食っていた。
肉片が飛び散り、血飛沫が舞う。男児の眼は裂けんばかりに見開かれたまま光を失っていた。
黒死焔山が、教祖室に入室する。ミーシャが、ばっ! と顔を上げる。
「敵は殲滅しました。もう安心です」
「焔山!」
男児の死体はポイッ、と投げ捨て、ミーシャは焔山の胸に飛び込んだ。頬を胸板にこすりつけ、嗚咽を漏らす。
「私っ、焔山が死んだらどうしようかと思って、不安で、不安で、信徒の中から可愛い男の子を選んで犯して焼いて喰って心の昂りを静めていたんだけど、やっぱり、不安で……焔山! 無事でよかった……」
「…………」
焔山は、無言で教祖室の惨状を見分した。男児の死体は四肢がもげ、心臓が繰り抜かれ、丸焼きにされて、ペニスが千切られている。
男児は、生涯最悪の絶望に出会った時の人間の表情のまま命を喪失していた。
「ミーシャ、これは――――」
「大丈夫、私は正気よ。だから安心して私を愛して、焔山……」
最悪だった。正気のままこれだけの惨状を我欲のままに引き起こしたのだとしたら、その正気は既にかなりのところまで悪魔に浸食されている。かつてのミーシャは、決してこんなことをしなかった。
焔山はミーシャの淡紫色のロングヘアーを腕に抱き耳元で囁く。
「もう大丈夫だ、ミーシャ。俺はどこにもいかない。決してあなたを裏切らない」
「ああ……焔山……」
ミーシャは、愛が溢れて止まらないという表情で、焔山を見上げる。眼を閉じる。焔山は、その唇に優しく接吻(くちづけ)た。
ミーシャは、恍惚の表情。そのミーシャの心の隙につけ込むように、焔山は言った。
「ミーシャ、俺はあなたに感謝している。俺が今日まで生きてこれたのはあなたのお蔭だ。だが、それも今日で終わりだ」
「え――――――――」
焔山は、ミーシャの心臓を抉り取った。滅砕。心臓が、ミンチになった。
「そんな、なんで――――」
絶命。ミーシャ・スターラは死んだ。もう、いない。
「生き恥を晒すぐらいなら、死んだ方がマシ。あなたの教えだ、ミーシャ。死んだ方が、マシなんだ。あなたが、あなたで亡くなるから……。これ以上、罪を重ねることはない」
焔山は、冷たく言い放った。悪魔憑として、己の倫理と向き合った末の結論。それが、ミーシャの殺害だった。
焔山は、ミーシャの亡骸を見た。瞬間、様々な思い出が、脳裏を駆け廻る。
幼き頃、捨て子の自分を拾い、殺人術を仕込んだミーシャ。様々な快楽を教えたミーシャ。教団の殺人官として自分を取り立てたミーシャ。優しい優しい、ミーシャ。甘い、日々の想ひ出たち――――。
「さよなら……」
黒死焔山は、ふっと捨て子の時分に戻って、別れの言葉を呟いた。
「Good Bye...」
その呟きを聞くものは、もう誰もいない。
(Mischa,Never Happy Ending Forever For You.永遠に幸あれ)
心中でそう呟きながら、焔山は教祖室を後にする。
教祖室に残された、かつてミーシャ・スターラだった肉塊。
心臓を失ったその肉塊が、操り人形のように、不気味な動きで立ち上がった。
「焔山……」
愛する男に殺された女は穴の開いた胸に手をかざし、静かに涙を一滴、零した……。
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