第4話 死神の呼び声【ドラッグ・イン・ザ・リーパー】   

 崖に挟まれた峡谷。


 乾いた大地に血色の暴風が吹き荒れていた。


 獣を象った銀章を付けた赤ローブの骸共が血の池に転がり、潰れた瞳で、千切れた耳で、潰れた鼻で、吹き飛んだ頭で、我が身の無力さを呪っていた。お仲間が一人、心臓をぶち抜かれ、新たに骸達の仲間入りを果たす。


 赤ローブが一人、手に持ったロンギヌスの模造槍で焔山に突きかかった。焔山はその槍に左手を絡ませ捻り取り、体勢を崩した赤ローブのひょっとこ面を槍を奪い取った左腕をそのまま翻し、ひょっとこ面の耳から耳へと切っ先を疾らせた。体組織をもろ出した断面から噴水の如く血が吹き上がる。焔山を祟り殺さんとするかのごとく、怨血が黒髪にへばりつく。血の粘つきも意に介さずに、焔山は殺したたかい続ける。その場で旋転し、背後から日本刀で切りかかってくる赤ローブの心臓を模造槍でぶち抜く。引っこ抜き、心臓をぶち抜いた赤ローブの背後ですくみ上がるもう一人の赤ローブの眼窩に模造槍がいつのまにか突き刺さっていた。奇声。言語を形取る以前の原初の感情が峡谷一杯に迸り、ぷつんと糸が千切れるように途切れる。


 真っ赤な鮮血で赤く染まった黒ローブを翻し、リーダーらしき大男とその周囲を固める赤ローブ達に焔山は言い放った。


「15人――――弱いな。ごっこ遊びでもしにきたのか? 生憎だが、俺は遊びに付き合う気はない。貴様ら全員――――殺す」

「こ、これが黒い死神……たった1分でビヒモス教団の精鋭15人を殺し尽くすなんて……まさかここまでとは……きょ、狂次郎さま。これは撤退――」

「ああ!?」 


 ベヒモス教団幹部、イービルネームヨガファイア邪大師、破戒名狂次郎、本名太田和彦。は、自分に意見してきた糞生意気な部下の顔面を左の裏拳で血飛沫と化した。部下達が「ヒィィィ」と悲鳴を上げた。


 鼻息荒く、狂次郎は怒声を上げる。


「貴様ら、我らが教祖ウンザオヴァー様の命令に逆らうってのか!? 叩き殺すぞ!? GO!! ……と、言いたい所だが、まあ貴様ら雑兵が束になってもかすり傷の一つも負わせられず皆殺されるのがオチか。仕方ない。っこは火の悪魔フラウロスの悪魔憑たる俺が直々に先陣に立つとしよう。黒い死神、中々使うようだが、お前はもう終わりだ。ウンザオヴァー様に悪魔の力を頂き、ウンザオヴァー様の右腕として活躍し続ける男、このヨガファイア邪大師狂次郎が直々にお前を殺してやるんだからなぁ!!」


 狂次郎が部下達の包囲陣を抜け、焔山と対峙する。狂次郎の身長は199cm。体重は205キロ。ベンチプレスは500キロ。筋骨隆々。全身筋肉の塊である。切り崩した岩面のようなごつごつといかつい顔面。その両眼は勿論赤かった。


 狂次郎が「すぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅう」と息を吸い込む。バキバキに割れた腹が風船のように膨らむ。まるで、大岩でも飲み込んだかのような異様な威容が顕現する。


「くらえ! 必殺ヨガファイアッ!」


 狂次郎の腹がへこむ。摂氏1000℃はありそうな炎の奔流が、口から吐き出された。

 爆発を繰り返し膨張する爛々と輝く轟炎が、峡谷を溢れ岸壁を炙りながら、焔山へと襲いかかる。逃げ込めるような場は、前にも後ろにも、ない。


「流石ッ! ベヒモス教団の幹部なだけはある。ヨガファイア邪大師の名は伊達じゃないッ! 力、俺達が一生かけても手に入らない圧倒的な力を平然と操るッ!!! ヨッ! 流石ヨガファイア邪大使狂次郎ッ!!!!!」


 ベヒモスを象った銀章を付けた赤ローブの部下たちが、喝采を上げる。狂次郎は、その喝采を受け、にやりと笑った。


(ヨガファイアを受けて生き延びた奴はいない。今日が黒い死神の命日だ)


 狂次郎は妄想する。あの黒い死神を討ち取ったのだ。ウンザオヴァー様からの褒美は、想像を絶するだろう。ウンザオヴァー様がメフィスト教団の教祖ミーシャを討ち取った後に、そのおこぼれを賜わうことすら赦されるかもしれない。あの絶世の美女のアデに、おでの、お、おでのコデを…………ゲヒヒッ! おっ勃ってきたぜぇ)


 狂次郎は、ミーシャを犯す光景を夢想した。夢精。夢の中で、狂次郎は射精した。夢は、現実にも反映される。パンツが、極大量の精子で大海原の沈没船と化す。


 パサリ。

 足元に、ドロドロのパンツがこぼれ落ちた。


 絶頂。絶倒。のけぞり、痙攣。地面の上をのたうち回って狂次郎は絶叫する。


「ウヒィィィィィィたまんねぇぇえええええええええええ!」


悪魔のディアボロス――」


 妖炎の向こう。翳る影。立ち昇る暗黒のオーラ。焔山はゆっくりと左腕を右肩と交差し弓のように引き絞った。

 禍禍しき暗黒のオーラが、左手にガオンと集う。ひりつくような、圧力。

 ブラックホールの如く超密度に圧縮された力は、空間を軋ませ、へし折った。バキバキと音を立て、左手を中軸に、亀裂に沿って引っ剥がされていく。剥がれた空間からは、原初の暗黒がその姿を覗かせている。


「ほへ?」


 ドン引きする部下たちの視線の下で、狂次郎はようやく異変に気が付いた。凄い力を感じる。今までに感じたことのない何か凄い力を――ハッ!


「俺の力が進化しているのか――やったぜ」


 ――赫印の赤眼が、かがよう。


 暗黒のオーラを纏う左手が、空間を斜に切り裂いた。


鎌大デスサイズ!!」


 帯状に解き放たれる、暗黒の波動。


 闇よりなお黒い原色の黒が、摂氏1000℃の紅き獄炎を塗り潰す――。

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