第2話 運命の蝋燭【デステニー・キャンドル】

 蝋燭の炎が揺らめく一室で、二人の男女が裸で絡み合っていた。


 赤く腫れ上がった臀部。その割れ目を白く妖艶な細い指先が舐め上げるようになぞっていく。

 黒死焔山は呻き声を上げる。幼少より【メフィスト教団】で命がけの修行を課せられ、たいていの尋問や拷問には耐え切ることのできる焔山も、【メフィスト教団】教祖【ミーシャ】の快楽責めにかかっては声をあげざるを得なかった。

 ミーシャの指が穴にかかる。乳首と並行して弄られる。艶めかしい、ミーシャの指。爪先が、胸板を引っ掻く。思いっ切り、ガリッ、と。

 爪の軌跡に血が滲み出す。肉体がエロティックな鮮血模様を刻まれる。

 ミーシャが、笑った。


「あはははは! 美しい。美しいわよ。焔山。私だけの、焔山。愛してるわ――――」


 ミーシャが、傷付いた胸板から流れる血を舌で舐め取る。レロン、レロンッ。乳首も、舌で、舐める。いや、ほじくる。ドリル状にすぼめた舌で、乳輪と乳頭に交互に悪魔的な快楽を注ぎ続ける。

 勿論、臀部から体内に侵入した細く白く艶やかな指も、前立腺を刺激し続ける。ぎゅ! と冷たい指を押し込む。収縮。振動。轟流。

 黒死焔山は射精した。

 歯を食い縛り、浮足立つ腹の虫を意志の轟炎で焼き殺す。声は、射精なかった。

 ミーシャは、熱に潤んだ瞳で、焔山の悪魔的に端正な顔立ちを見詰めた。問いかける。


「あぁ、焔山……昔はうぶな娘のように感じまくって、あられもない声を上げてよがり狂って悦んでくれたのに、ものたりないの? それとももう私に飽きちゃった? ねえ!? どうして悦んでくれないの!? ねぇ。答えてよォ……焔山……」


「教祖様。もうこんなことは――」


「ミーシャ」


 ミーシャは、焔山の唇に人差し指を当てる。背に手を回す。しなだれかかり、ふくよかな胸を、血だらけの胸板に押しつける。甘いトーンで、耳元に囁く。


「二人っきりのときは、ミーシャって呼ぶ約束でしょ?」


「……ミーシャ。こんなことを、いつまで続ける気だ」


「もちろん、死ぬまで」


「ミーシャ――」


 キス。唇で唇を塞ぐ。舌で舌をねぶり捻る。陶酔。うっとりとした表情で、ミーシャは粘膜接触に酔いしれる。

 焔山は、そんなミーシャに、平手打ちを、放った。快音。

 ミーシャは、赤く腫れた頬を押さえながら、じっと焔山を見据える。焔山が、言葉を紡ぐ。


「ミーシャ・スターラ。お前はそんなに弱い人間ではない。俺は知っている」


 焔山は、ミーシャの手を強く握る。ミーシャの瞳が、揺れる。


「どうした? メフィストフェエレス。怖いか、俺が」


「――――生意気な」


 呟いた声は、ミーシャのそれではなかった。悪魔の、余韻を含ませている。

 焔山を押し倒し、ミーシャは裸体をまざまざと馬乗りで曝け晒す。尻尾が生える。角が生える。悪魔の翼が、広がる。


「そこが気に入っているんだけど」


「面妖な、ミーシャは純粋なんだ」


「だから、気に入っているのよ」


 メフィストはミーシャの身体を弄ぶ。股間を、尻を、乳房を。感触を、快楽を、愉しむ。

 乳房を持ち上げ、乳首に舌を這わせながらメフィストは声を投げかける。


「こんなに美味しい身体を、大人たちに好き放題弄ばれながら、それでも純粋でいられるって凄いことじゃない? 私は、ミーシャのそんな所が好きなのよ。だから、力を与えてあげたの。私が、力を与えてあげなかったら、この娘はとっくに死んでいるんだから」


「そうだろうな」


「分かってるじゃない、なら私のやることに口を出さないでもらえる?」


「それとこれとは別問題だ。ミーシャを、赦してやってくれ」


 強烈な力が、焔山の身体を締めあげた。物理的な力ではない。超常的な力だ。メフィストは一挙手一投足も動かしていない。焔山の後ろに回り、身体を抱き起し――――。


「聞き訳の悪い子にはお仕置き。ミーシャは、私のものなの、勿論――――」


 女体に存在し得るはずのないナニかが、焔山の身体を貫いた。


「焔山。あなたもね。大好きよ」


「ぐぅうううううううううううううううううううううううううううううううううう!!」


 メフィストが激しく動く。ピッチが、早い。焔山が、呻く。


「あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」






 蝋燭の炎が揺らめく一室で、二人の男女が息を切らしている。


 悪魔と、悪魔憑が。

 メフィストと、黒死焔山が。

 悪魔憑と、人間が。

 ミーシャ・スターラと、黒死焔山が。

 人間と、人間が。

 ミーシャと、焔山が。


「焔山……」


「正気に戻ったようだな…………」


 ミーシャは焔山の無惨な姿に声を失う。血が、菊門から垂れている。


「焔山、菊門から血が――」


「気にするな。いつものことだ。慣れている」


「え―――――――――――――――――――――――――――――」


「……言葉の選択を誤った。気にすることはない。慣れている。この程度の痛みは、俺にとっては痛みですらない。戦場は、もっと危険だ」


「でも……」


「気にするな。それより、聖女だ」


 焔山は、元々聖女の件の報告のためこの教祖の部屋を訪れたのだった。聖女を拉致し、現在監禁状態にあることを報告する。聖女は、貴重である。救済の、女神。慈愛の、天使。

 ミーシャは、焔山に告げる。


「メフィストフェエレス様は、次の祭典、【ヴァルプルギスの夜】の日に、聖女を食すそうです。その日まで、なるべく心身の健康状態に気を付けて、厳重に管理してください。くれぐれも味を落とさないように、と。聖女の管理官は――」


「それは、俺が引き受けよう」


「焔山……」


 裸のまま焔山を抱き寄せ、ミーシャは熱く接吻くちずける。


「任せましたよ……」


「ああ」


 焔山は、いつも通りの無表情で応じた。


 ミーシャは、その反応が少し寂しい。

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