第5話 第二章 孤独の里の老人 前編

 1

山の稜線を一瞬、銀色に染めて朝陽が昇る。

朝陽に照らされた、小さな農家の小屋がある

小屋の戸口が開いて、白髪まじりの髪の毛を丁寧に整えた初老の男が現れた。

「ああ、昨日の夜は雨が降り続いたが、どうやら止んだらしい。しかし、屋根の雨漏りはひどかったなあ、おまえ」

初老の男は、"おまえ”と呼びかけるが、男の隣に「人間」はおらず、白く細長い物体が揺れていた…。

一平の目の前に、やや頬をサクラ色に染めた美少女がいた。彼は先ほどから目のやり場に困っていた。

頬を染めた勇気の色っぽさに目を奪われていたからだ。

「一平さん、やだわ。人の顔じろじろ見ないでください」

勇気の頬のサクラ色が 濃くなった。

二人の座席の傍らを里村花江が通りかかった。

「お、勇気ちゃんも”疾風風呂"入ったんやな」

「そうなんです。もう、気持ちよくて。うっかりのぼせてしまうかと思いました」

「わかる、わかるでその気持ち。

ゆったりと大きな湯船に、シャンプーもリンスも高級品。リッチな気分を味わえる」

女性たちの明るい会話を黙って聴いていた一平だったが、つい質問してしまった。

「"疾風風呂”ってなんですか」

「『AI列車疾風』が現出してくれるお風呂ですよ。一平さんも入ったじゃないですか」勇気に言われて、一平はようやく納得した。

「ああ、それで『疾風風呂』ですか、納得しました」

花江は、一平の鈍さが、不満なのか、人差し指を横振りしつつ、

「あのなあ、俊敏な感覚を持ってないと、美人な勇気ちゃんに逃げられるで」

花江は、捨てゼリフを残すと、二人の座席を離れた。

一平は、苦虫を噛み潰したような顔で、花江の背中を目で追った。

「…傷ついてます、一平さん」

勇気は、上目遣いに訊く。

「少なからずね」

「もう、肝心なのは私の気持ちですよ」

勇気は、一平の頬に軽くキスした。

一平と勇気が、客車から食堂車へ移動すると、食堂車の一隅で、数人が額を寄せあっていた。

二人が、通り過ぎようとした時、呼び止める声がした。

「おい、君たちも話をきいてくれ」


坂家護は、ワイシャツに赤いネクタイという軽装だった。

「あなた、何も他人をまきこまなくても」

妻の美樹は、、困惑をその表情に浮べる。一平も勇気も無視して通り過ぎるわけにもいかず、立ち止まり尋ねた。

「どうかしたのですか。皆さん集まって」

勇気は、しかたなく尋ねる。

「妻が、最初の停車駅に降りるなと言い出して、口論しているところへポ―タ―達が来て、止めに入ったところだ」

護は、他人事のように説明する。

「私はあなたの体調を心配しているのです。今朝だって咳が止まらなかったじゃないですか」

妻の美樹も、言葉は丁寧で控えめではあるが、意志の強さをその眼に浮かべていた。

客室・設備担当の中西美麗は、困惑した視線を一平と勇気に送るとうなずいた。

うなずかれても、一平も勇気もどうすることもできない。

「そうだわ、私の姉に相談して、どうするか決めましょう。私の経験で、こういう時は、姉に相談すると、なぜかうまく行くんですよ」

美麗は、疾風にマイクを出させて知らせた。

「冴子姉さん、また知恵を貸して」

すると、マイクに、応答があった。

「わかった、今行くわ」

ファッション・モデルのようにスラリと長身の美女が小走りに現れた。

長い髪をキュッと結んで、ポニーテールにしていた。

ポ―タ―のダブルボタンの胸元が、目立つ。

「お姉さん。知恵を貸して」

美麗が、少し甘えた声で言う。

美麗は、事情を話していく。

「事情は、わかりました。難しいですね。一応規則では、我々疾風の乗務員は、参加者の方々の車内でのサ―ビス以外は、提案できないことになっているのです」

冴子は、眉間に皺を寄せて答える。

「つまり、車外での行動は、一切自己責任ということだな」護は、先手をうって答える。

冴子はうなずいた。

「姉さん、なんとかできないの」美麗が、更なる解決案を求めた。

冴子は、携えてきた黒カバンを開けた。

聴診器を出して、護の胸に当てた。

「疾風、レントゲン撮影の準備お願い」

先ほどまで、食堂車の片隅だったが、そこに、レントゲン撮影器が現れた。

2

護と冴子を囲むように見ていた、夫人の美樹も一平や勇気もレントゲン撮影器が突然現れたことよりも、冴子の聴診器姿に驚いた。

「あなたお医者様なの」

美樹夫人が声を上げる。

「"元"でございます。奥様。つい一年前まで大学病院に勤務しておりました。専門は外科でした。ちなみに妹も同じ大学病院で、看護師でした」

美麗は、黙礼した。

「大学病院に勤務していたのにどうして…」

冴子は、一平の独り言を聞き逃さなかった。

一瞬、鋭い視線を一平に向けたが、すぐに柔らかな視線に変わる。

「竜崎一平様も大学図書館にお勤めだと名簿にありました。なら、大学というところの欺瞞や男性教授のセクハラを一度や二度は、見たり聞いたりしたでしょう。私も妹も危ないめに遭って、私は、論文を盗用されました。耐えられずに辞めて、今です。

でも、今の職場は、やりがいに満ちています」


美樹夫人が怒りに震えて言った。

「なんてことでしょう。冴子さんも美麗さんも苦労したのね。無理にとは言わないけれど、この旅が終わったら私が運営する施設にきて下さらない。私たちのそばで、あなたたちのやりたいことをしなさい。契約金は幾らでも良いわ。今までの嫌なことは忘れて、もっと幸せになりなさい。ね、あなたいいでしょう」

護はため息混じりに言った。

「君と結婚して五十年になるが、君の願いを拒否したことはないね」

姉妹は、突然の申し出に、泣いて喜んだ。

「ありがとうございます。妹とよく相談して決めますわ」冴子は言った。


疾風の外に、護と冴子と美麗姉妹。そして、護の指名により、一平と勇気も行動を共にすることになった。








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