第4話 第一章 疾風は生きている
1
七組十四名の参加者たちは、食堂車に案内された。
代表取締役の明智賢治もスタッフとして、緊急に加わり、走り出したばかりの列車の名称と機能の説明を始めた。
「今、生成AI花蓮が、AI列車『疾風』を始動させました。私から『疾風』の機能を説明していきたいと思います。皆様は、朝からお疲れ、または空腹でもありましょうから、各席のテ―ブルに並ぶ料理を食べながら気軽にお聞きください」
一平も勇気も空腹を覚えていたので、遠慮なく料理に手を伸ばした。
勇気は、手始めにパンを手にする。心地よい弾力が、勇気の食欲を刺激した。味は最高だった。
「一平さん。このパン本物だわ。味も最高よ」
一平は、パンの隣の皿に盛り付けられたスクランブル・エッグを食べてみた。エッグの塩味の加減は絶妙で、卵のフワフワとした弾力が、一平を楽しませた。
「本物だよ。このスクランブルエッグは!美味しいよ」
一平は、喜びのあまり大声で言ってしまった。
一平と勇気以外の他のテ―ブルでも、同様の満足の囁きが流れていた。
☆
明智賢治は、満足気な笑みを浮かべた。
「どうやらお料理は、皆さんのお口に合いましたようで…。私の列車内の機能やサ―ビスの説明をBGMとしてくださって結構です」
賢治の皮肉とユ―モアのブレンドされたセリフに、苦笑するペアもいた。
「現在、AI列車疾風は、最初の停車駅『孤独の里』に向かっております」
「…え―、向かってはいるのですが、『孤独の里』が、どんなところなのか、詳しくはわかってはいません。ですから駅に着いて、どう行動するかは、お客様の判断に全てかかっております」
出発間際に、賢治にこのツアーが、「生成AI花蓮」によって現出されていることを伝えられたので不満や不平を言う者はいなかった。
一瞬、緊迫した空気が賢治と参加者の間に流れたが、賢治の次の言葉に空気がなごやかになった。
「…到着までの時間、この"疾風"の車内施設をご紹介したいと思います。私に代わって、客室・設備担当の中西美麗が説明させていただきます。ぼくはこれで一旦失礼します。お腹すいたもので」
賢治の腹を押さえて、背中を丸めたユ―モラスなしぐさは、参加者たちの中に、和やかな空気をもたらせた。
「参加者の皆様、この度のツアーに参加していただきましてありがとうございます。客室・設備担当の中西美麗でございます」
参加者たちの前に、ショ―トカットヘア―でポ―タ―のダブルボタンのユニフォームを身につけ、グリーンのスカートを履いた美女が現れた。
2
坂家護が、目ざとく質問してくる。
「君は、駅舎では見かけなかったな」
「わ、私は。一段高い場所から、せ、説明というのは苦手でして。こちらで準備させていただいてました」
上がり症なのか、美麗は額の汗を拭きながら言い訳した。
「あのう、列車内では、何かサ―ビスがあるんですか」
一平は、助け船のつもりで質問した。
美麗は、感謝の視線を一平に送る。
「一平さん!」
勇気は、一平の足を踏む。一平は勇気を睨むが、勇気はそっぽを向く。
「なあ、その兄さんが言ってるように、私らずっと席に座ってないとあかんのん。それって私は苦手やわ。プライバシーがないやん」
関西弁の声がして、参加者の目が一斉に声のする方向に向く。
参加者に隠れるように、小柄で黒縁眼鏡を掛けた中年女性がいた。
みんなに注目されて、頬を紅潮させるが、自己紹介を始めた。
「ハハ、すみません。私、K都から参加した里村花江といいます。隣の男は、旦那です」
「里村茂雄です」
夫である茂雄は、微笑みを浮かべて落ち着いて一礼した。
「今年四十になります。その記念に参加しました。みなさん、よろしくお願いします」
カジュアルなファッションを着こなしているので、実年齢よりは若い印象を与えていた。
「なにカッコつけてんねん。中年男が」
妻の花江の口は悪いが明るい声に参加者たちに笑いを与えた。
中西美麗も笑ったので、リラックスした声で話し出した。
「いえいえ。里村様。そんなことはございません。今から説明しますね」
☆
「まず、ご質問の参加者の方々のプライバシーについてですが、里村様、座席に座ってください」
里村花江は指名されて、やや緊張した表情で、座席に座った。
「肘掛の下に、スイッチがございます。
1 座席 2 カ―テン 3 ブラインド 4 寝室とあるはずですが」
「ほんまですね」
「では、スイッチを一つずつ押してみてください」
花江は、好奇心に満ちた目で、スイッチを押した。
カ―テンスイッチを押すと、赤いカ―テンが何もない空間に現れて、花江の姿を隠した。
参加者たちは、驚きの息が漏れる。
「では、次にブラインドスイッチを押してください」美麗の落ち着いた声がする。
花江は素直にブラインドのスイッチを押した。
カ―テンの現れた空間に、分厚く黒い皮のコ―トのようなブラインドが現れた。同じく花江の姿を覆った。
「では、最後の4番『寝室』のスイッチを押して
みてください」
花江は、寝室のスイッチを押した…。
3
参加者たちは、声を押し殺せなかった。
「嘘よ!こんなことってありえないわ」
女性たちは叫び、男性陣は、
「自分の目を疑うよ」と、唸った。
座席が消えて、ロングサイズのダブルベッドがあった。白いシ―ツが敷き詰められ、高級羽毛布団が、花江に掛けられていた。ベッドを覆うように、先ほどのカ―テンが下がり、花江を隠した。
「花村様、起きてください」
美麗の声に花江は飛び起きた。
「あかん!ほんまに寝てまうわ」
花江は、甲高い声で言った。
「なんでこんなことできるの」
美麗は、落ち着いて答えた。
「全て、生成AI花蓮と疾風のAIが連動して現出した質感に満ちたサ―ビスでございます」
美麗の自信に溢れた振る舞いに、参加者たちは言葉もなかった。
美麗の車内ツアーは続く。客室、食堂車に続いて、一行は、二号車と三号車に連なるルームに案内された。
「こちらは、図書室になっております。あいにくと、紙の本はございませんが、電子書籍を豊富に取り揃えてございます。さらに、カラオケも用意しております。カ―ド及び将棋等のボードゲームもございます。付け加えまして、先ほどの寝室スイッチを押された時は、簡易ではありますが、ドリンクバーもご用意しました。
「さらに、座席の背もたれにあるスイッチを里村様押してください。」
花江は、素直にスイッチを押すと、座席が消えて、お風呂が現れた。
「なんやのん、お風呂や。しかも、シャンプーもリンスも高級や!それと、隣りにはトイレか。あかん。すごいわ」花江は目を白黒させた。
「以上で、私の車内ツアーは、終了です。何かご質問ございますか?里村花江様」
美麗の笑顔に、花江は眼鏡を光らせて言った。
「あるで!サ―ビスが満点すぎる!おもろないわ」
「お褒めの言葉と受け取らせていただきます。そうです。疾風も花蓮も生きているのです」
美麗の誇りに溢れる言葉に、参加者たちは自然と拍手した。
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