第41話 潜入捜査も楽じゃない 1
商業ギルドの建物は、まるで高級ホテルといった雰囲気だった。どこの街でもそうらしいが、やはり資金力の面で冒険者ギルドを圧倒しているのだろう。
俺たちは、場違い感が半端ない思いを抱きながら、身なりの良い人々の間を抜けて、受付に向かった。
「あの、すみません」
三つある受付の中の人が並んでいない受付に行って、黒髪のきりっとした感じの受付嬢に声を掛けた。
「はい、ようこそ当ギルドへ。何か御用ですか?」
相手が子どもでも、ちゃんとお辞儀をして応対してくれる。最初の印象は良いぞ。
「ここは、仕事も紹介してもらえるんですか?」
「はい、もちろんですよ。この街は初めてですか?」
「はい。昨日来たばかりです」
「誰かの紹介とかは無いのですか?」
「ありません」
受付のお姉さんは、細い指を顎に当てて少し考えてからこう言った。
「そうですね。お店を紹介しても良いですが、まずは、あそこの掲示板にある短期のお仕事を、どれかやってみてはどうでしょう? 幾つかやってみて、どんな仕事が自分に向いているか分かってから、お店を探した方が良いと思いますよ」
「おお、なるほど、分かりました。ちょっと見てきます。あっ、そうだ、ギルドの会員手続きはいらないんですか?」
「あ、そうでした。すみません、私ったらうっかりして……ギルドで紹介しているお仕事は、会員でないと受けられませんでした。すぐに手続きしますね。申請料が銀貨三枚必要ですが、よろしいですか?」
黒髪の優秀そうなお姉さんだが、可愛いところもあった。
俺は周囲から見えないように、カウンターと自分の間に素早く〈ルーム〉を発動させて、中から銀貨六枚を取り出した。
「じゃあ、これ」
「はい、お二人分ですね。では、この用紙にお名前とアピールしたい特技やスキルがあれば、記入してください」
う~ん、どうしようかな。何か一つぐらい書いておくか。
『マスターは、算術堪能、力仕事得意くらいでどうですか? ポピィさんは、家事全般でどうでしょう?』
(うん、なるほど、いいね)
「ポピィ、特技は一応、家事全般得意でいいかい?」
「あ、はい、それでいいです」
俺は用紙に名前と特技を記入して、お姉さんに差し出した。
「はい、これで結構です。では、カードを作りますが、少々時間が掛かりますので、その間に掲示板をご覧になってはどうですか? カードができたらお呼びしますね」
「はい、そうします。ありがとうございました」
俺たちはお姉さんにお礼を言って、ホールの一面を覆う掲示板の方へ向かった。
さてさて、どんな仕事があるのかな?
大きな掲示板には、ありとあらゆる短期の仕事依頼のビラがたくさん貼られていた。一応、カテゴリーごとに分けてあり、見やすかった。
おっ、これなんかいいんじゃないか? 〈ゴミの回収〉。領政局が出している依頼だ。決められた区域を毎日一回、ゴミを集めて回るんだな。場所の指定とかできるんだろうか?
「トーマ様、こんなのがありましたです」
ポピィが何か見つけたらしく、一枚のビラを持ってきた。
「ん? なになに、接客係および雑用係それぞれ一名から二名……依頼主は、
(って、えええっ、なんとタイムリーな。しかし、接客業って、表向きで、裏ではアレだよな? それはポピィにはさせられんぞ。雑用係ねえ、う~ん、怪しさいっぱいだけど、内部を探るには絶好の仕事だよなあ……)
『店に直接聞いた方が良いかもしれません』
(ああ、そうだな)
「ポピィ、一応これを持って行って、店に聞いてみよう。決めるのはその後だ」
「はい、分かりました」
「トーマ様、ポピィ様」
おっ、カードができたみたいだな。
俺たちはそれぞれのビラを持って受付に行き、お姉さん(名前はサーニアさんでした)からカードを受け取った。ビラを見たサーニアさんは、少し心配そうだったが、短期雇用ということもあって、受付をしてくれた。
俺たちは商業ギルドから出ると、さっそく、はじめに領政局へ向かった。
領政局って、いかにもお役所って感じのごつい建物だった。いざという時には、ここが街の人々の避難所になるのかもしれない。どでかいホールと中庭を囲んで、それぞれの部署の建物が建っている。
案内係のおじさんに聞いて、環境保全部という表示板がある部屋まで行き、ドアを開けた。そのとたん、男臭い空気がむわっと漂ってきた。部屋の両側にはベンチ型の長椅子があり、数人の作業着の男たちが座ったり、寝転んだりしてだべっている。その奥には机があり、初老の男が事務仕事をしていた。
あ、これ、あれだな、工事現場とかにあるプレハブの事務所だな。
「ん? 子どもが、こんな所に何か用か?」
初老の男性が顔を上げて、入って来た俺たちを怪訝そうに見ながら尋ねた。
「はい。商業ギルドで〈ゴミ回収〉の仕事のチラシを見てきました」
「は? お前がか?」
男の戸惑いの声に、そこにいる男たちの笑い声が重なった。
「何か、問題でも?」
「いや、問題も何も、お前には無理だろう?」
「うははは……おい、坊主、ゴミって言ってもな、紙屑だけじゃないんだぞ。それこそ、ありとあらゆるゴミを回収しなくちゃならないんだ。荷車一杯になったら、二百キロほどにもなるんだ。坊主にはとうてい牽けやしないよ」
がたいの良い髭面のおっさんが、親切心なのだろう、穏やかな口調で笑いながらそう言った。
「ああ、力のことですか? 大丈夫ですよ。なんなら、おじさん、俺と腕相撲やってみますか?」
俺の言葉に、部屋の中の空気がいっぺんに冷え込んだ。
「はあ? おい、坊主、大人をからかうんじゃねえぞ。俺とお前の体を比べてみれば、分かるだろうが、いいかげんに……」
「やって見なければ分からないと思いますよ」
そう、実際やってみるまでは、相手を軽々しく判断してはいけないのだよ、おっさん。体の大きさや筋肉量の違いなど問題じゃない。この世界は、ステータスとスキルがすべてなのだ。それが、この世界の恐ろしさであり、面白さでもある。数値がそのまま現象として現れるのがこの世界なのだ。
俺は、当然〈鑑定〉でおっさんのステータスを確認していた。現在の俺の物理力は、わずかだがおっさんを越えている。
「むうう、よし、こうなったらその生意気な口がきけなくしてやる」
おっさんは、俺に煽られてまんまと乗せられてしまった。
(しかし、ゴミ回収するのに、なんでこんなことまでしなくちゃいけないんだ? ほんと、面倒臭え)
おっさんが移動させたテーブルを挟んで、俺とおっさんが腕を載せて見つめ合う。
「ゲンクさん、十秒以上掛かったら負けだぜ。一気にいけよ」
「よし、俺が審判をしてやる。いいか、お互い手を握って……始めっ!」
周囲のやんやの声の中で、俺とおっさんの勝負が始まった。
「うおおっ、な、なんだとおおっ!」
おっさんは一気に片を付けようと力を込めてきたが、俺はびくともしなかった。しかし、俺も手を抜ける状況ではない。負けはしないが、押し切れる気もしない。
なぜなら、ステータスでは俺が勝っていても、体重差で俺が負けているからだ。ステータスの差が体重差で相殺されるのだ。とにかく、おっさんや周囲の人たちが、俺を認めるまで頑張るしかない。
「おいおい、マジか? ゲンク、お前本気出してるのか?」
「うおおおあああ、ほ、本気、だ、よ。ぬううっぐううう」
「よし、だったら、そこまでだ」
机で仕事していた初老の男がそう言って、ストップをかけた。
「ハア、ハア……お前、すげえな、何をして鍛えた?」
「ええっと、小さい頃から走って、棒振って、魔物を倒してましたね。俺、辺境の村の出身ですから」
ゲンクのおっさんは、それを聞いてまだ何か言おうとしたが、初老の男に遮られた。
「それくらい力があれば大丈夫だろう。よく来てくれた、歓迎する。実のところ、募集をかけても誰も来てくれなくて困っていたんだ。わしは、ここの部長をしておるクライブだ」
「トーマです。よろしくお願いします」
「さっそく明日から働いてもらうが、いいか?」
「はい、働くのは構いませんが、一つ条件があります」
「条件?」
俺はポピィを手招きして、怪訝な顔のクライブさんに言った。
「実は、妹が、ある店で働くことになりまして、兄として心配なので様子が見られるように、その店がある地区を担当させてもらいたいんです」
「そうか、妹がな……どこの店だ?」
「えっと……」
「こ、《恋する子猫ちゃん》なのです」
「な、おい、本当か? あの店はな……その、なんだ、つまりだな……」
「あ、ええっと、接客じゃなくて、雑用係ですので、大丈夫です……と思います」
クライブさんを始め、男たちはほっとしたようにため息を吐いた。
「わかった。西5地区だな。俺の担当地区だが、替わってやる。だが、きつい場所だぞ、覚悟はしとけよ」
「はい、ありがとうございます」
こうして、俺はお役所の仕事をしながら、悪人のアジトを観察できることになった。ただ、し、ポピィがまだ例の店で働けるか決まっていないのに、ウソをついてしまったことは、反省しないといけない。
『ポピィさんには、最低限どこかの店で働いてもらえれば十分でしょう。危険も少ないですからね』
うん、まあ、確かに俺だけでも捜査はできる。とにかく、《恋する子猫ちゃん》という、ふざけた名前の店に行ってみることにしよう。
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