第40話 領主館にて

 俺たちはダルトンさんに連れられて、エプラの領主ライナス・ペイルトン準男爵の屋敷に向かった。


 着いて見てびっくりした。ここは要塞か? ってくらい大きくて武骨な屋敷だ。周囲は三メートルほどの厚い石壁で囲まれ、山城のような頑丈な石造りの建物が幾つも組み合わさって一つの屋敷になっている。

 前任のなんとか子爵は、戦争でも想定していたのだろうか。


 門の前には二人の番人がいたが、どちらもまだ若く、鎧のサイズも合っていないように見えた。ダルトンさんがその二人に、主人に会いたい旨を告げると、片方の門番がガシャガシャと鎧の音を響かせながら、屋敷の方へ走っていった。


 やがて、屋敷の方から一人の背の高い、執事らしき青年が近づいて来た。

「ダルトン殿、良くおいで下さいました。ええっと、そちらの少年少女は?」

「エリアス殿、前触れも無く伺って申し訳ない。ライナス様に急用でな。この子たちは、旅の冒険者だ。驚くなかれ、Bランクの冒険者だよ」

「Bランク!……それは、すごいというか、にわかには信じられませんが……ダルトン卿のお連れなら間違いはないでしょう。どうぞ、お入りください」


 俺たちは、執事の青年に案内されて、その砦のような屋敷の中に入っていった。



♢♢♢


 「この部屋で少々お待ちください」

 案内された部屋は、質素というか、何というか、豪華なソファとテーブル、シャンデリア以外は何もないような、だだっ広い部屋だった。


「見ただろう? この館は戦を前提に造られた。前の領主のポーデッドが大金をつぎ込んで造らせたんだ。今、残っている家具も奴が残したものだ。市民の血税をこんなものに使っていたのさ」

「よほど何かに怯えていたんでしょうね。怯えながら贅沢するって、何が面白いのか分かりませんが……」

「あはは……確かにな」


 コンコンとドアをノックする音が聞こえた。

 ドアが開いて入って来たのは、金髪に、水色の瞳、はかなげで一見少女かと見まごうような、細い体の少年だった。その後ろから、お茶やお菓子を乗せたキャスター付きの台車を押して、執事のエリアスさんが入って来る。この館には、女性のメイドはいないのだろうか?


 ダルトンさんが立ち上がって頭を下げたので、俺たちもそれに倣った。


「また、あなたですか……お気持ちはありがたいですが、もういい加減で諦めてください」

 少年領主は、やはり女の子のような高い声でそう言った。


「はっ、面目次第もございません。私めの力が足りないばかりに……どうかお許しください。

しかし、今回は自信がございます。どうか、話をお聞きください」


「そのセリフも毎回聞いている気がしますが……はあぁ、分かりました、お話だけはお聞きしましょう。で、その子たちは?」


 ライナス卿はソファに座ったが、ダルトンさんはまだ立ったままだったので、俺たちも立っていた。


「はっ、この子たちこそ、今回ライナス様に紹介いたしたき者たちでして……トーマたち、自己紹介を頼む」


「あ、はい。どうも初めてお目にかかります、トーマと言います。冒険者をしながら旅をしています。現在のランクはBランクです」

 俺は自分の紹介を終えると、ポピィに目配せをした。ポピィ、緊張してるな。噛むなよ。


「はは、はじめましゅて、ポ、ポピィなのです。ト、トーマ様と一緒に旅をしていまっしゅ。

よ、よろよろしくお願いします」

 噛みまくったな。まあ、愛嬌だろう。と思っていたら、ライナス様がいきなりプッっと吹き出して、お腹を押さえ始めた。

「よ、よろよろって、あははは……」


 なんだ、陰気な引きこもりだと思っていたら、そんな風に笑えるんだ。ちょっと安心した。

 俺はそんな少年領主を見ながら、泣きそうな顔のポピィの頭を撫でてやった。


「ライナス様、そんなに笑ってはお客様に失礼ですよ。さあ、皆様どうぞお座り下さい」

 執事のエリアスさんが、そう言ってお茶とお菓子の器を並べていった。


「いや、失礼、ふふふ……とても可愛かったから、ついね。でも、その年でBランク冒険者なんてすごいね」

「はい、彼らのお話をお聞きになったら、もっと驚かれますよ」

 ダルトンさんがやたら俺たちのハードルを上げてくる。やめてよね。

 ポピィ、今度は顔真っ赤だぞ。ほら、お茶飲んで落ち着け。


「分かった。詳しい話を聞こう。どうぞ、お茶を飲みながらゆっくり説明してくれ」


 俺たちは、お茶を飲みながら、先ほど衛兵官舎で話した内容をもう一度、おさらいするように話し始めた。



♢♢♢


「ふむ……話は理解した。つまり、君たちが情報を集めて、作戦を立てるから、最後の仕上げを僕やダルトンでやれってことだね?」


「はい、簡単に言うとそうです。ただ、最後の戦いは、俺たちと友人の二つの冒険者パーティも参加します」


 ライナス様は少し驚いた様子で、目を大きく見開いた。

「君たちすごいね。僕よりずっと年下なのに、怖くはないのかい?」


「ああ、怖くないと言えばうそになります。でも、正直言うと面倒くさい方が強いですね。だから、後始末の方はお任せします」


「あ、あはは……分かったよ。これから、トーマとポピィって呼んでいいかい? 僕のことはライナスと呼んでくれ」


「分かりました。では、ライナス様と呼ばせてもらいます」


 ダルトンとエリアスは、初めて見るようなライナスの楽しげな様子に、思わず顔を見合わせて、にこりと微笑みを交わした。


 話し合いが終わり、ダルトンさんは俺たちを促して立ち上がった。

「では、ライナス様、準備が整ったらご連絡いたしますので、それまでしばらくお待ちください」

「うん、くれぐれも気を付けてくれ。危険だと判断したら、やめて良いんだからな」

 俺とポピィはしっかりと頷いた。


 

「ダルトンさん、いったんここで別れましょう。一緒にいる所を見られるのは危険だ。連絡はギルドを仲介にした方が良いと思います」

「おお、そうだな。では、私がギルドに行ってその旨をべインズに伝えるとしよう。これからは、連絡したいことがあれば、口頭でも文書でも、べインズに伝えてくれ」


 う~ん……本当は、べインズさんも百パーセント信用しない方が良いんだけどね。

「分かりました。では、俺たちはこれから情報集めを始めます」


 俺たちはダルトンさんと別れると、街の大通りに向かった。

「ポピィ、商業ギルドに行ってみよう」

「商業ギルドですか? 何をするんです?」

「ボラッド商会と《恋する子猫ちゃん》の二つの店を探るために、何かいい仕事がないか探すんだ」

「なるほど、さすがトーマ様です」


 うん、いや、まあ、こっそりナビからアドバイスをもらったんだけどね。

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