第39話 やると決めたら手は抜かない

 俺たちは宿を探したが、安い宿はどこも満杯だったので、少し高かったが、冒険者ギルドからほど近い宿屋に二人部屋を借りた。


「どうしょうか? ポピィの意見は?」

 夕食は部屋の中で摂ることにして、俺とポピィはテーブルを挟んで話し合った。


「わたしは受けてもいいかなと思いましたです。ライナス様がお可哀そうに思いました」


「うん、確かに十五歳で前の領主の尻拭いをさせられるのは、可哀そうだよな。よし、じゃあ、この依頼を受けることにする。さて、そうなると、魔物討伐と街の悪人退治のどちらにするかだが、ポピィの意見は?」


「魔物討伐が簡単そうですが、領主様の手柄となると、よほどの大物じゃないと皆から認められない気がしますです」


「うん、そうだな。それに、町や村を襲う魔物じゃないなら、街の人からすれば関係ない話だもんな。まあ、そんな魔物がいるかもしれないから、明日ギルドで聞いてみることにしよう。

 となると、やっぱり、悪人退治の方か」


「はい。わたしの気持ちとしては、そっちをやりたいです」


「うん、俺も同じ気持ちだ。よし、じゃあ悪人退治をする。まずは、何からやるべきか、ポピィ、分かるか?」


 ポピィは、じっと下を見て考えていたが、やがて顔を上げて言った。

「悪人がどこにいるか、どんな奴がいるか、どのくらいの人数いるか、などを調べることですか?」


「うん、正解だ。つまり情報を集めることだな。ここで勝負は決まる。できるだけたくさん、ためになる情報を集めることが一番大切だ」


「はい、分かります」


「明日、そのやり方をダルトンさんと打ち合わせるぞ。あとは、役割分担を決めて、動く」


「了解です」


 話を終えた俺たちは、夕食を摂ることにした。屋台で買った肉の串焼きや、野菜の煮込みスープ、揚げパンなどをテーブルに並べて適当につまみ始めた。


「ポピィ、お前に隠していたことがある……」

 俺はふと思いついて、ポピィに言った。


「は、はい、たぶん、トーマ様には、わたしの知らないことがたくさんあると思います」


「う、うん、いや、そんなにたくさんはないぞ。まあ、それは置いといて、今回の仕事に関わる事だから言っておく。

 俺は〈鑑定〉というスキルを持っている。分かるか?」


「かんてい……? いいえ、分かりません」


「うん。例えばな、この串焼きが何の肉で、どんな栄養があるのか、とかいう情報が、目の前に浮かんでくるんだ」

「すごいです! そんなスキルがあるんですね?」


「うん、すごいスキルなんだ。ポピィに最初にあった時、お前が〈暗殺者〉というギフトを持っていることも分かった」

 ポピィは少し恥ずかしそうに赤くなって、俺から目を逸らした。


「まあ、これから悪人たちの情報を集めるんだが、俺にはそんなスキルがあることは知っておいてくれ」


「は、はい、分かりました」


 ポピィは、俺がいったい何者だろうって思っているだろうな。いつか、俺の秘密を話せる日が来たら教えてやろう。



♢♢♢


 翌日の朝、宿の朝食を食べてから、俺たちは衛兵の官舎へ向かった。

 門番さんに怪訝な顔をされたが、ダルトンさんの名前を出すと、すぐに中に通してくれた。


「おお、よく来てくれた。もう朝飯は食ったのか?」

「はい、食べました。あ、ダルトンさん、まだならどうぞ。俺たち外で待っています」

「いや、構わんよ。今、お茶を淹れるからその辺りに座ってくれ。散らかっていてすまんな」


 ダルトンさんはやっと着替えを済ませたところだったらしい。専用の部屋の中は、あちこちに書類やら道具やらが散らばって、雑然としていた。

 お茶を淹れて持ってきたダルトンさんは、俺たちの前にカップを置いてから、向かい側のソファに座った。


「結論が出たようだな?」

「はい。俺たちで良ければ、依頼を受けたいと思います」

 ダルトンさんは、いかにもうれしそうに髭面をほころばせた。

「そうか。まずは礼を言う。ありがとう」

「いいえ。俺たちはあくまでも冒険者ですから、ちゃんと報酬をいただければ仕事はやります。それで、仕事に入る前に確認しておきたいことが幾つかあるのですが、いいですか?」

「ああ、何でも聞いてくれ」


 俺はメモ用紙と炭筆を取り出してから、質問を始めた。

「まず、一つ目ですが、俺たちは敵についての情報収集から始めたいと思っています。そこで、今のところ分かっていることを教えて欲しいんです。敵のアジト、おおよその人数、注意すべき相手、こちらに協力してくれそうな人、とりあえずこのくらいですね」


 ダルトンさんは、驚いたような顔をしてからニヤリと笑った。

「なるほど、その年でBランクになるはずだ。頭が切れるな。ふふ……わかった、順番に答えよう。まず、アジトだが、一つはボラッド商会だ。ボスはルイス・ボラッド、前の領主と共に死刑になったジャン・ロゴスの手下だった男だが、上手く罪を逃れて、三年前から頭角を現してきた。

 二つ目のアジトは、確証はないが、《恋する子猫ちゃん》という酒場兼娼館だ。ここのボスは、アンカスという名の男だが、ほとんど外に出て来ないので、どんな男かはよく分かっていない。裏の世界で暗躍する組織のボスだ。ルイス・ボラッドとつながっていて、奴の手足と言っていい。

 人数だが、表でいろいろやっている連中が五、六十人、幹部やめったに表に出て来ない連中が二、三十人、ざっと百人足らずくらいだと考えていいだろう。

 あと、注意すべき相手はつかめていない。協力者だが、残念ながらいないな。まあ、その都度手下たちを痛めつけて、情報を吐かせているが、めぼしい成果は上がっていない。今の所、このくらいだな」


「なるほど、分かりました。次の質問ですが……俺の考えた作戦では、最終的に敵との戦争になります。こちらの兵力はどれくらい見込めますか?」


 その問いに、ダルトンさんは途端に苦虫を噛み潰した表情になった。

「ああ、その質問が一番きついな。実は、今、この領地では隣国のプラド王国と鉱山をめぐって小競り合いが続いていてな。隊長も十二人の衛兵を連れて、領都バランダの治安維持の応援に出ているんだ。高ランクの冒険者や傭兵たちも。国境の砦に雇われて行っている。

 まあ、つまり戦力は衛兵が二十五人、あとはCランク以下の冒険者、質の悪い傭兵くらいしか街に残っていない現状なんだ」


 うわぁ、最悪の時期じゃん。どうすんのこれ……いや、待て……ということは、逆に相手も油断している可能性が高いよね、うん。


「分かりました。ええっと、ギルマスのべインズさんに頼んで、パルトスから応援を呼ぶことはできますか?」

「おお、それは簡単なことだが、知り合いがいるのか?」

「はい、腕利きの冒険者パーティです。では、次に、俺が考えた作戦ですが……」

「ちょっと待て。おい、今から領主様の所へ行くぞ。せっかくなら、領主様にも聞いていただく方が良いだろう」


 えっ、急に困るんですけど……でも、まあ、しかたないか。今回の主役は領主のライナス様だからな。



 

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