第38話 エプラの街 2

「お前たちを見込んで、一つ頼みがあるんだ。話を聞いてくれないか?」

 衛兵隊の副隊長のおっさん(名前、まだ知らないからしょうがない)は、真剣な顔でそう言った。


「いや、すみませんが、俺たち王都に向かう旅の途中なんです。この街にはパンを買いに立ち寄っただけなんで……」

「な……そ、そうか……」

 おっさんはがっくりと肩を落とし、うなだれた。


「ダルトン、あきらめろ。それに、こんな子どもじゃ依頼をこなすのは難しいだろう」

 おっさんの名はダルトンっていうのか。ちょっと言い方はむかつくが、まあ、ギルマスの言う通り、あきらめてくれ。


「ああ。だが、子ども相手ならライナス様も話しやすいんじゃないかと思ってな。大人は信用されていないし……はあぁ……」


『マスター、話だけでも聞いてみては?』

(ええっ、嫌だよ。絶対面倒事じゃん)

『これも、この世界を知るための修行ですよ。私がアドバイスをしますので』


 ううん、やっぱりナビは俺を厄介事に導いている気がしてならないんだが……まあ、確かに逃げ回っているだけの旅も、情けないと言えば情けないがな。


「あの、ええっと、話だけなら聞いていいですよ。依頼を受けるかどうかは分かりませんが」


「おお、そうか。ただ、この話は外には出せない話でな。依頼を受けるにしても受けないにしても、口外しないように頼む」

「はい、分かりました」


 おっさん、じゃない、ダルトンさんは、まず、この依頼がすでに三回失敗に終わっていることを明かした。

「……実は、この依頼は俺がギルドに出したことになっているが、本当は辺境伯様からのじきじきの依頼なんだよ。それだけにもう失敗はしたくない…」


「依頼の内容を聞いていいですか?」

「ああ、すまん、そうだったな……依頼というのは、この街の領主、ライナス・ペイルトン様のことなんだ……」


 ダルトンさんの話を要約するとこんな感じだ。

 この街の領主は、ペイルトン辺境伯の次男で準男爵のライナス様だ。まだ十五歳だが、独立するにあたり、国王から準男爵を下賜され、このエプラの街と近隣の二つの村を父親から分け与えられた。

 もともと、ここの領主は辺境伯家の寄子貴族の一人、ポーデッド子爵だった。しかし、彼はいわゆる腐敗貴族で、今も街に巣食っているごろつきたちと結託し、やりたい放題の不正を働いて私腹を肥やした。さすがに数年経った頃には、辺境伯も子爵の不正に気付き、何度も呼びつけて詰問したり、証拠を握ろうと密偵を差し向けたが、なかなか尻尾をつかむことができなかった。

 結局、最後は勇敢な若い文官の命がけの内部告発によって、不正の証拠が手に入り、子爵を始め、関わった者たちは極刑を受けることになった。

 今でも、古くからの街の人たちは当時の酷い悪政のことを覚えていて、新しい領主にも信頼を抱いていない。おまけに、当時の生き残りであるごろつきたちが、暗躍している。


 その結果、ライナス様は街を治める自信を失くし、領政はもっぱら配下の者たちに任せて、屋敷に引き籠っているらしい。


「……それでもなあ、最初の内はライナス様も一生懸命街を立て直そうと、自分から街に出向いて、領民たちに語り掛けていたんだよ。だが、そのたびに、心無い言葉を浴びせられてなぁ、側で見ている方が辛かった……」


「父上の辺境伯様は、手助けされなかったのですか?」

 俺の問いに、ダルトンさんは小さく首を振って言いにくそうに声をひそめた。


「それなんだが……ライナス様は、辺境伯様の側室の御子なんだよ。正室には長男のケイン様と妹のカーラ様がおられる。侯爵家の娘である正室様は、どうしても身分の低い貴族の出である側室様に辛く当たられることが多い。辺境伯様も表立って援助がしにくい状況でな……」

「勝手ですね。子どもを産むだけ産ませといて、後は勝手にしろですか」

「ああ、この街を任されたのも、言うならば失政の尻拭いだしな……だが、それが貴族の世界という奴なんだよ」


 うん、胸糞悪い。貴族なんかに生まれなくて良かった。

「それで、依頼の内容とは?」


「うむ。辺境伯様は、もしライナス様がエプラの街のためになる大きな功績を挙げれば、街の人たちもライナス様を信頼するようになるとお考えだ」


「まあ、確かに……例えば、どんなことがありますか?」


「ああ、それだがな……魔物退治一回、街の浄化を二回やったんだが、どれも失敗さ」

「魔物退治は分かりますが、街の浄化って、いったい……」

「ああ、いわゆる悪者退治って奴さ。ほら、さっきお前さんたちが捕まえたクズども、奴らはボラッド商会っていう表向き商人とつながっている連中でな。このボラッド商会が金を、もう一人、裏の組織を牛耳っているアンカスって奴が人を集めて、この街を裏から操っているんだ。奴らは金になるなら、人殺し、誘拐、奴隷商い、魔薬販売、何でもやる連中だ。俺たちも何とか奴らの尻尾を掴みたいと頑張ってはいるんだが、なかなか掴めなくてな」


「つまり、ライナス様に魔物退治か、悪人退治をさせる手伝いをする、というのが、依頼内容なのですね?」

「そういうことだ。どうだ、やってくれないか?」


 う~ん、やるとするなら悪人退治だな。証拠なんていらない。関係者全員、再起不能にすればいいだけだ。まあ、後始末は大変だろうけど、知ったことではない。

 だがなあ、やっぱ面倒臭いしなあ。まあ、ライナスさんには立ち直ってもらいたいけどさ。


「……すみませんが、明日まで返事を待ってもらえますか?」

「おお、いつまでも待つぜ。一日二日でどうなる問題でもないしな」


 結局、俺たちはこの街に一泊することになってしまった。


「ああ、腹減ったな。もう、昼を過ぎてるじゃないか」

「お腹すいたです」

「よし、まだパンを仕入れてないし、もう一回市場へ行って、何か食うか」


 そんなわけで、俺たちは再び市場へ行き、まずパンや野菜を一週間分買って、誰も見ていない路地の裏で〈ルーム〉に収納した。その後、屋台を回って適当に昼食を摂ったのだが、先ほど話を聞いたせいか、人通りは多くて一見活気はあるのだが、よく見ると、店の人たちの顔にはあまり精気が感じられない。たぶん、税金以外に金を巻き上げられているのだろう。

 どこの世界も結局は同じだ。一握りの連中を豊かにするために、その他大勢の人間があくせく働いて金を貢いでいる。

 俺の腹の中に、なんとも不快な苦い塊のようなものが生まれて、どんなにため息を吐いても外に出て来なかった。


『マスター、やりましょう、マスターなりのやり方で』


(おっ、久しぶりにお前の声を聞いた気がする。何かあったのか?)


『私は常にマスターとともにあります。いつ、いかなるときも』


 う、うん、いや、ちょっとからかってみただけだよ。そんなにむきになるなよ。

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