第37話 エプラの街 1

 エプラの街は、アウグスト王国の南、プラド王国との国境を守るペイルトン辺境伯領への入り口の街だった。北門の前に並ぶのは、商人の馬車が多いが、がたいが良い人、おそろいの装備を身に着けた人なども結構いる。冒険者というより、傭兵のような印象だ。


「おい、聞いたか? また国境付近で、プラド王国ともめごとが起きたらしい」

「またかよ……どうせまたエルプラド鉱山の権利をめぐっての争いだろう?」


 俺たちの前に並んだ商人風の男たちが、馬車の後ろでそんな話をしていた。


「ああ、ミスリル鉱山だからな。昔の戦争のごたごたが原因らしいから、簡単には解決しないだろうな」


 な、なんと、ミスリルですと? やはりあったのか、異世界金属。そうなると、オリハルコンとかヒヒイロカネとかもあるのか? あるのか? ……。

 いつもなら、すぐに答えをくれるナビが、なぜか沈黙している。こういうときは、質問しても、曖昧にはぐらかされてしまう。まあ、何か意図があるのだろう。訊かないでおこう。


「トーマ様、わたしたちの番ですよ」

「お、おう、じゃあパンを買いに行くか」


 エプラの街は予想以上に賑わっていた。鉱山の街エルプラドへ行く人々なのだろう。

 俺たちは、露店でポムのジュースを買い、店主のおばさんに市場の場所を聞いた。


「いいか、ポピィ、こういう街は他所から来た連中で活気づいているが、逆にそういう連中を狙った犯罪も多いのが常識だ。特に、スリとか……」


「よお、お前ら、この街は初めてか? 兄妹…でもなさそうだな。親はいるのか?」

 俺が、ポピィに注意を促しているところに、さっそくガラの悪そうな三人連れの男たちが行く手に立ちふさがった。

 な、こういう連中が多いんだよ。


「親はいますよ。すみませんが通してもらえませんか?」

「まあ、まあ、何も怖がらなくていいぜ、へへ……金欲しくないか? 俺たちが良い仕事を世話してやるからよ。な、行こうぜ? 痛い目に遭いたくないだろう、ん?」

 一人の男がそう言って、笑顔の下から凄んで見せ、後の二人が俺たちの背後から肩を押すようにして、どこかへ連れて行こうとする。


 おいおい、白昼堂々と人込みの中で子どもを誘拐しようってのか? とんでもない連中だな。大方、この街の犯罪組織の組員なのだろう。周囲には大勢の人たちが見ているが、誰も助けようとしない。

 こんな状況なら、普通の子どもだったら、簡単に組織の餌食になって、奴隷に売られたり、犯罪の片棒を担ぐ一員に育てられるのだろう。

 だが、あいにくだったな。俺たちは、普通の子どもじゃないんだよ。


「俺、一応、Bランクの冒険者なんだけど。おじさんたち、悪人のようだから、やっつけていいよね?」

「はあ? おいおい、何の冗談だ? おめえみたいなガキがBランク冒険者だぁ? がははは……笑わせてくれるぜ」

 俺はポピィと目を合わせて小さく頷き合った。

「殺さず、生け捕りだ」「

「了解です」


「なにごちゃごちゃ言ってやがるんだよ、さっさと来やがっ……うおっ、ぐああっ!」

 俺の肩をつかんできた奴の手首を両手でつかみ、体を横にひねりながら足を掛けた。男は見事に地面に転がり、手首が変な方向に曲がって、ボキッと嫌な音を立てた。たぶん、折れたか、脱臼したのだろう。

 ポピィも俺と同時に、するりと男の股間から背後に抜け出し、同時に腰からダガーナイフを引き抜いて男の膝の裏を斬りつけた。


「ぎゃああっ! あ、あ、足がああぁ……」


「なっ! き、貴様らああっ」

 残った男がナイフを抜いて、ポピィに飛び掛かっていった。恐らく弱いと判断したのか、捕まえて人質にでもしようと思ったのか。馬鹿の考えは分からんけど。

 ポピィは素早くその場で跳躍すると、その勢いで男の顎を思い切り蹴り上げた。折れた歯と血が口から飛び散り(うわぁ、痛そう……)、男はそのまま地面に仰向けに倒れた。


「す、すげえ、あっという間に三人を倒したぞ」

「な、何だ、あの子たちは? だが、ボラッド商会の奴らだろ、あれ、ヤバいんじゃ?」


 周囲にできた人だかりから、驚きの声とともに心配そうな声も聞こえてきた。


「どけえっ、ほら、道を開けろっ……」

 群衆の向こうから怒鳴り声が聞こえ、ガシャガシャと鎧がこすれる音が聞こえてきた。現れたのはこの街の衛兵たちである。誰かが警邏の衛兵に伝えてくれたのだろう。二人の衛兵が、男たちをロープで縛っている俺たちのもとに近づいて来た。


「武器を捨てろ。手を上げて立てっ」

 おいおい、えらく若い声と見かけだが、見習いか? この状況をよく見ろよ。

「待て、アレク、状況をよく見ろ」

 おお、今度は渋い声のおっさんだな。さすがベテラン。


「は、はっ。で、ですが、これはあまりにも不自然な状況だと……」

 まあね。いかつい男三人が子どもにロープで縛られ、そのうちの二人が、痛みにヒーヒー泣いているんだから、確かに怪しい状況ではある。


「これは、お前たちがやったのか?」

 ベテランの衛兵が、黙って見つめている俺たちに尋ねた。


「はい、そうです。いきなり声を掛けてきて、どこかへ連れて行こうとしたので、抵抗した結果、こうなりました」

「ふむ……誰か、今のこの少年の言葉を証明してくれる者はいるか?」

 ベテラン衛兵は、周囲の群衆を見回して問いかけた。


 野次馬たちは、関わり合いになりたくないのか、そそくさとその場から去って行ったが、中に二、三人の男女が残って、俺の言葉通りだと証言してくれた。

 ありがとう、善き市民たちよ。


「どうやら、本当らしいな。よし、詳しい話を聞きたいので詰所まで来てくれ」

 ああ、やっぱり面倒くさいことになるのね。まあ、仕方ないか……。


 ベテランの衛兵に連れられて、衛兵隊の官舎まで連れて行かれた。若い衛兵は、応援が来るまで、ごろつきたちを見張るために残った。



♢♢♢


「……ふむ、話は分かった。奴らはこの街に巣食うゴミどもだ。おかげで、奴らの親玉を追い詰める手掛かりになるかもしれん。感謝する」

 

ベテランの衛兵さんは、なんと副隊長さんでした。兜を脱いだおっさんは、濃い茶髪を短く刈り込み、太い眉、顎髭、頬から額にかけての傷跡があるいかつい顔だったが、その茶色の目は、人懐っこい感じの優しい目だった。


「さて、すまんが、お前さんたちが本当に冒険者なのか裏付けを取る必要があるんだ。今から一緒に冒険者ギルドまで付き合ってくれんか?」

「はあ、やっぱりギルドカードだけじゃ信じてもらえませんか」

「まあ、大人ならそれで済ませるが、二人とも俺の息子と同じくらいの年だからな。三人のヤクザ者を倒すなんて、普通に考えてあり得ん話だ。まあ、もう一つには、優秀な冒険者はチェックしておくようにとの、上からの命令もあるからな。すまん。」


 まあ、仕方ないので、俺たちはおっさんと一緒にこの街の冒険者ギルドへ向かった。

 ギルドに入ったら、いきなりギルドマスターの部屋に連れて行かれたのには、少々びびったが。


「よお、べインズ、忙しい所にすまんな」

「ああ、何を今更……。で、今日はどんな厄介事を持ってきたんだ?」

「あははは……手厳しいな。だが、今日は久々に良い知らせだぞ」


 副隊長のおっさんは、俺たちをソファに座らせると、さっそく市場通りでの出来事を熱心に語り出した。

 べインズと呼ばれたギルドマスターは、四十半ばくらいで、金髪をオールバックにして、細いストライプのグレーのスーツをびしっと着た、ちょい悪ダンディだった。

 彼はおっさんの話を聞きながら、時折、そのとび色の鋭い目で俺とポピィを見ていた。


「……ほお、なるほど……で、この二人がそいつらを倒した小さな英雄様ってことだな?」

 べインズは、テーブルに置かれた俺たちのギルドカードを手に取った。

「ああ、そのギルドカードは本物だが、どこかの冒険者のものかもしれんからな」

 また、このパターンかよ。いい加減うんざりだな。


「いや、間違いないよ。トーマにポピィ、パルトス支部から連絡が来ている。十一歳で異例のBランク昇格、有望な冒険者だから、手助けするようにとな」


「おお、そうか。うむ……なあ、べインズ、例の件、こいつらに依頼するってのはどうだ?」

「やっぱり、そのことがあってわざわざ連れてきたんだな?」


 ん? 何か変な方向に話が進んでいるぞ。これは面倒ごとの匂いがする、全力で回避だな。

「あのう、お話の途中ですみませんが、俺たちもう帰っていいですか?」


 俺の言葉に、おっさんとギルマスはじっと俺を見つめていたが、やがて、おっさんが口を開いた。

「お前たちを見込んで、一つ頼みがあるんだ。話を聞いてくれないか」


 ほらきた。いや、聞きませんよ、あーあー、聞こえな~い。


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