第33話 ポピィに魔法を覚えさせたら

「なあ、ポピィ、魔法を覚えてみないか?」

 それは、ふと思いついた何気ない提案だった。


「えっ? わ、わたしが魔法を? で、できるでしょうか?」

 お、ポピィさん、なかなかやる気です。前のめりになって尋ねてきました。


「うん、まあ、やってみないと分からないが、やり方は難しくないぞ」

「はい、やってみたいですっ!」

「お、おう、じゃあ、やってみようか」


 俺は、ポピィを草原の中の岩場に連れて行って座らせ、まず、魔法とはどんなものか、ナビに教えてもらった基本知識の講義から始めた。

 ポピィは最初、なかなか理解が追いつかない様子だったが、分からない所は何度も質問を続け、しっかりと理解していった。うん、なかなか理解が早い、頭は良いんだな。


「よし、じゃあ、実際にやってみようか。あ、そうだ、お前の適性属性って何だろう?」

「適性属性?」

「ああ、さっき説明したように、魔法には火、風、水、土、光、闇、そして無の七つの属性がある。その中で、ポピィが使える属性は、一つか二つくらいなんだ」


「そうなんですね。分かりました。う~ん、わたしが使える属性って何だろう?」


(なあ、ナビ、魔法の適性って、やっぱりギルドか教会に行って調べるしかないのか?)

『いいえ、その必要はありません。魔石に魔力を流してみれば分かります』

(は? え、そんな簡単に分かるのか?)

『はい。魔力を流すことで、魔石の色が変化します。火属性は赤、風属性は緑、水属性は青、土属性は茶、光属性は金、闇属性は黒、二属性以上は、色が分かれて現れます。そしてマスターのように全属性の場合は、虹色です』


 おお、なんと分かりやすい。俺、虹色……むふふ……かっこよくね?


(しかし、そんな簡単な方法があるのに、何でこの世界の人たちは、もっと魔法を使えるように研究しないのかな?)

『それは、先日説明した通り、最初の段階で、魔法についての基本認識が間違っていますので、偶然の発見以外、段階的な発展ができなかったからです』

(うわぁ……最初に魔法を広めた人が誰かは知らないけれど、その人の責任重いよな)

『(実は、その人も地球から転生した人だったのですが、言わないでおきましょう)』



「トーマ様、どうかしましたか?」

「お、おお、何でもないぞ。よし、ポピィ、お前の属性を調べるぞ」

 俺は、そう言うと、麻袋の中から魔石をいくつか取り出した。魔法に使えると思って、売らずにとっておいたものだ。

 俺は、その中で比較的透明度の高いゴブリンの魔石を選んだ。小さいくらいが魔力も少なくて済むだろう。


「これに魔力を流し込むんだ。さっき教えた通り、魔力は頭のこの辺りで作られる。そこから魔力をこの魔石に向けて、水を注ぐ感じで……体に力を入れる必要は無いぞ。楽にして、イメージだけしっかりと思い浮かべる、いいな?」

「は、はい、やってみます」


 ポピィは、魔石を受け取ると、それを掌に載せてじっと見つめ始める。


「おお、早いな、もう色が変わり始めたぞ」

 一分も経たないうちに、魔石の色が次第に濃くなり始めた。

 

それから、また一分が経過した時、もうそれ以上魔石の色は変化しなくなった。魔石は半分が緑色、もう半分は黒だった。


「よし、もういいぞ。ほら、見た通り、色が着いただろう? その色がポピィの適性属性を表すんだ。ポピィの場合は二つの適性がある。風と闇だ」

「風と……闇……」

「うん、二つも適性があることは、けっこうすごいことなんだぞ。普通は一つしか適性はないからな」

「そ、そうですか……」

 ポピィは、あまりうれしくなさそうだ。たぶん、その原因は適性属性に〈闇〉があったからだろう。気持ちは分かる。


(なあ、やっぱり闇属性って、前世で読んだラノベの話みたいに、やばい奴が主に持っている属性なのか?)

『いいえ、そんなことはありません。あくまでも属性の一つですから。ただ、闇属性は、停滞や減少、死といった、生物の持つ負の部分に作用する属性ですから、忌み嫌われるのは仕方無いかもしれません。それと……』


 ナビはそこで珍しく言い淀んで、少し間を置いてから続けた。

『……属性はギフトの影響を受けますし、魂にもある程度影響を与えます』

(ふむ……やがて〈闇落ち〉するとか、か?)

『まあ、よほどひどい場合は……。一般的には、死を恐れなくなるとか、嗜虐性が強まるとか、その程度ですが』

(まあ、その程度なら心配ないだろう。俺だって闇属性持ってるし、意志がしっかりしていれば問題ない)

『……マスターの場合は、自己評価の低さという影響が出ていますけれど……確かに、本人の意志でどうにでもなる問題ですね』



「あのう、トーマ様?」

 ポピィは、ときどきボーっとなる俺を病気じゃないかと心配しているようだ。大丈夫だぞ、ナビと話をしているだけだからな。


「ああ、なんでもない。じゃあ、魔法の練習をしようか。そうだな、まずは、風属性の初級魔法、ウィンド・カッターを覚えるか」

「はいっ、お願いします」


♢♢♢


「よし、こんどはもっと刃を薄くするイメージでやってみろ」

「はい、分かりました。……行けえっ、風の刃っ!」

 シュッ、と風を切る音と共に、ポピィが放った風の初級魔法、ウィンド・カッターは、十メートルほど先の木に向かって、時速百キロ近いスピードで飛んでいった。


 ズパンッ! 直径十五センチはある木の幹が、軽い音を立てて見事に切断された。


 すげえな……俺より才能あるんじゃねえか?


「やったぁ、切れたっ! やりましたよ、トーマ様」

「あ、ああ、すごいぞ、ポピィ、その調子だ。じゃあ、次は……」

「あ、あの、トーマ様……」

「うん? 何だ?」

「ええっと、その……や、闇属性の魔法も試してみたいかな、と……」


 そうだよな。せっかく、二属性の才能を持ってるんだ。やってみたいよな。だが、俺は、さっきのナビの言葉が胸に引っ掛かって、ポピィを闇に触れさせたくないと、心のどこかで思っていた。


「あ、ああ、そうだな。ちょっと待ってろ」

 俺は「初級魔法学」の本を取り出して、〈闇属性魔法〉の項目をめくって読んでみた。


(ええっと、初級魔法は、〈睡眠〉、〈麻痺〉、〈ダーク・ボール〉……うわぁ、やっぱりヤバいのが並んでるよ。なになに、この属性の魔法を使うときは、相手の心の中に入り込む感じで、魔力を流し、常に相手をコントロールするイメージを……ヤバっ、いや、ダメだろこれ。

 しかし、暗殺者にはうってつけの魔法ばかりなんだよなあ……いや、やっぱりダメだ。これは、俺が覚えればいいんだ、意志がしっかりした俺がな、うん)


『……確かに妥当でしょうね。それにしても、マスター、なんだかポピィさんを自分の娘扱いしてませんか?』

(ん? な、何をたわけたことを言っているのかね、君は……でも、まあ、精神年齢から考えれば、そうかもな。なにせ俺は中身は四十のおっさんだからな)


「よし、ポピィ、〈睡眠〉という魔法を覚えようか」

「睡眠、ですか?」

「ああ、例えば、赤ん坊や泣いている小さな子を寝かせつけるときなんか、便利だぞ」

「なるほどです。分かりました、教えてください」


「やり方は他の魔法と同じだ。ただ、イメージするのが少し難しいぞ。いいか、今、目の前に泣いている子がいると想像するんだ……そしたら、その子の心に語り掛けるように、良い子だから泣かないで、静かに眠りなさい、という思いを、魔力に込めて相手に流し込むんだ」


「わ、分かりました、やってみます。トーマ様にやってみていいですか?」

「あ、いや、そうだったな、よし、実戦でやってみよう」

 俺は一瞬ぞっとして、慌てて立ち上がった。眠らされたら最後、目が開きませんでした、なんてしゃれにならないからな。


「森の中に、何匹か魔物がいるようだ、行くぞ」

「はい」


 森の中で最初に発見したのは、角ウサギだった。

 俺は無言でポピィに頷き、ポピィも頷いて静かに目を閉じた。そして、数秒後目を開いたポピィは、無言でそっと手を前に突き出した。


 五メートルほど離れた所で、草を食べていたホーンラビットが、その瞬間、体から力が抜けたように、こてっと地面に倒れた。


 うおっ、天才か? ポピィ、お前天才だったのか? 初めての魔法を、いきなりぶっつけ本番で成功させてしまったよ。


「え、え? わ、わたし、できたのですか?」

「ああ、成功だ。すごいな、ポピィは」


 ポピィはまだ信じれないといった表情だったが、俺がホーンラビットをぶら下げて持ってくると、ポピィは俺を見上げて満面の笑みを浮かべた。

 

 いやはや、びっくりです。ポピィがもし、裏組織に育てられていたら、とんでもない暗殺者になっていたかもしれません。これは、俺自身も油断するわけにはいかなくなりましたね。彼女のギフトは、絶対に外部の者に知られないようにしないと……。


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