第34話 旅に出るよ 1

 いよいよ、パルトスの街を旅立つことになった。今、お世話になった人たちのもとを回り、挨拶をしているところだ。と言っても、別れを交わすほど親しい人は、数えるほどしかいない。


「そうか、街を出るのか……どこか行く当てはあるのか?」

 鍛冶屋のロッグス親方は、タオルでしきりに顔の汗を拭いながら尋ねた。


「いいえ、特に当てはないです。王都を目指しながら、あちこちを見て回ろうかなと思っています」

「そうか……まあ、お前さんなら、どこへ行っても何とかやって行けるだろう。だが、十分注意するんだぞ。世の中には悪い奴がわんさかいるからな」

「はい、気をつけます」


 ロッグス親方は、じっと俺とポピィを見つめてから言った。

「トーマ、お前さん、付与魔法は知っておるか?」

「あ、はい、聞いたことはありますが、詳しいことは分かりません」

「ふむ……機会があれば学ぶといい。お前さんにはその才能があると思うぞ」

「ありがとうございます。俺も興味があるので学んでみたいと思います。やっぱり、魔法使いに学ぶのですか?」

「いや、魔法は使うが、どちらかというと錬金術の分野だな。王都なら優秀な錬金術師も多いだろう。行ってみるといい」


 む、錬金術師、何か嫌なことを思い出したぞ。まあ、いいや。面白そうだし、役に立ちそうだから、目標の一つにメモしておこう。


「はい、王都には必ず行くつもりですので、機会があれば学んでみます。

 では、親方、どうかお元気で。お世話になりました」

 

「ああ、元気でな。嬢ちゃんも、気をつけてな」

「はい、ありがとうございました」


 ロッグスさんに別れを告げると、その足で冒険者ギルドに向かう。だが、その前に……。


「おっちゃん、いつものやつ二本ね」

「おう、まいどっ」

 この肉串の屋台のおっちゃんとも、きょうでお別れだ。


「はいよ。一本おまけしとくぜ」

「いつも、ありがとうな、おっちゃん……」

「な、なんでえ、あらたまって? 子どもが遠慮なんてしなくていいんだよ」

「うん。じゃあね、おっちゃん……」

 怪訝そうな表情のおっちゃんに手を振って、そのまま去った。なんかさ、別れの言葉言うと、泣きそうでさ……もちろん、おっちゃんがだぞ。


 再びギルドへの道を歩き出す。

 ああ、そうだった、この人にもお別れを言っておかないとな。

 俺は立ち止まって、ポピィに言った。

「ポピィ、ちょっと用事を思い出した。すぐに済ませてくるから、先にギルドへ行っておいてくれ」

「あ、はい、分かりました」


 ポピィにそう告げると、俺は少し道を引き返して、細い路地に入っていった。


『そこの角を曲がってから、待ち伏せしましょう』

 ナビの言葉に従って、路地の角を右に曲がり、現れるであろう人物を待ち受けた。


 案の定、その人物は、姿が見えなくなった俺を追って、慌てて走って来た。


「っ! ……やれやれ、ばれてたのか……いつから分かっていた?」

「ええっと、ひと月あまり前からですね」

 その三十前後の男は、苦笑しながら肩をすくめた。

「ははは……最初から気づかれていたってことか。一応、〈斥候〉のギフト持ってるんだけどな」


「あなたは自警団のかたですよね。お名前は存じませんが、何度か見かけたことがあります」

「ああ、俺はバージェスだ。自警団の第一班に所属している」

「ということは、クレイグさんの差し金ですか?」

「……」

 男は苦笑したまま答えなかった。それが俺の推測の正しさを証明していた。


「何のために監視されているのか、よく分かりませんが、それも今日で終わりですね。俺はこの街を出て行きます」


「どこへ行くか、聞いても教えてくれないだろうな」


「そうですね。付きまとわれるのは嫌ですから。あなたも、こんな子どもの監視なんか嫌でしょう? 取り引きしませんか?」


「あはは……お前、本当に子どもか? まあ、いいだろう、どんな取引だ?」

「俺がタナトスの街から国境を越えて、隣のローダス王国へ向かったと、村に帰って報告してくれたら、銀貨二枚あげます」


 男は俺の言葉を聞くと、笑いを必死にこらえながら小さく頷いた。

「良いだろう、その取引に応じようじゃないか……くくっ……」


 俺はニヤリと笑って、銀貨二枚を取り出し、男の前に掲げて見せた。

「あんた、今、やっぱり子どもだと思ったでしょう? 銀貨二枚丸儲けってね。どうせ、村に今言ったことは報告なんてしない、そんなことは分かっていますよ。

 でも、これは俺の慈悲です。今後、あんたや他の村の誰かが、俺を監視していると分かったら、行方知らずになると思っていてください。これは、脅しじゃありませんよ。

 さあ、どうします? 大人しく銀貨を受け取って、永久に俺の前から消えてくれるか、それとも、この場で行方知らずの死体になりますか?」


 男の顔が、驚きと怒りに引きつった。

「トーマ、貴様、同じ村の俺を脅すつもりか?」


「だから、脅しじゃないって言ってるじゃないですか」


 男は素早く腰からナイフを引き抜いて、俺の胸に突き出した。しかし、今の俺にはスローモーションのように見えた。

 あ~あ、やっぱりこうなるか。まあ、大人の男のプライドが許さなかったのだろうが、相手の言葉をもっとよく考えるべきだよ。ただの子どもが、あんなこと言うはずないだろう? 冷静に考えれば、用心するべきなのに……。


『いや、それは無理ですよ、マスター。こんな子どもは普通いません』


「ぐあああっ!」

 バージェスは、俺に腕を極められて地面に押さえつけられ、さらに腕を折れる寸前まで捩じ上げられて悲鳴を上げた。


「さて、面倒だから死んでもらいましょうか」

「ま、待て、た、頼む、あぐうう……」

「でも、悔しくて、復讐したいでしょう? したいですよね? そうなると面倒ですから……」

「うぎいいっ……し、しない、しないからあっ」

 

 俺は男の腕を放し、地面に落ちていたナイフを拾い上げた。

「じゃあ、銀貨二枚持って、村に帰ってください。いいですね?」


 俺が銀貨二枚とナイフを差し出すと、バージェスは不可思議なものを見るように、俺を見つめて、しばしためらった後、何も言わずにナイフと銀貨を受け取って、痛む腕を抱えながら足早に去って行った。


(やれやれ、さすがに、これでもう、ついて来ないだろうな)

『本当に容赦ないですね。ヤクザかと思いました』

(お前のデータバンク、いっぺん切り開いて見てみたいわ。元の世界の言葉、何でも入ってそうだな? 〈〇〇の呼吸〉って知ってるか?)

『……流行語というジャンルに、そのような言葉がありますね』

(すげええっ! お前、ほんと、すげえな、AIも真っ青だな)


 何となく、ナビが照れている感じがした。

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