第27話 俺はのんびりとパルトスに帰りたい 1
「では、皆さん、また護衛の方をよろしくお願いします」
三日間の滞在を終えて、俺たちは再び《ビーピル商会》のハンスさんの馬車で、パルトスに帰る日の朝を迎えた。
行きと同様、荷物を積んだ大きな馬車にハンスさんと使用人の若者二人が乗って前を行き、護衛の俺たちが乗った小さな馬車が後からついて行く。
「おお、良いナイフを買ってもらったな、ポピィちゃん」
「はいっ、むふふ……」
新たに加わったポピィは、ジェンスたちからペットのように可愛がられていた。
タガーナイフを取り出して、宝物のようにぼろ布で磨き始めたポピィに、ジェンスたちの視線が集まる。
「このナイフで、ゴブリン十三匹、スライム二十一匹、オーク一匹を倒したのか……」
「何というか……トーマは鬼だな」
「そうよ、ひどいよ、こんな可愛い子に」
「鬼畜……」
あ、あはは……ひどい言われようだな。しかし、皆さん、騙されてますよ。こいつは、そんなやわなタマじゃないすからね。最後のオークなんて、手足の筋を斬られて、プギャプギャ泣いているのを容赦なくとどめを刺しましたからね、喉をかき切って。はい、暗殺者の血は確かに流れていますよ。
(っ! 前方百メートルだな)
『はい、かなりの数です。魔物と人間ですね』
俺の索敵に反応があった。ただ、少し様子がおかしい。
「ジェンスさん、前方に敵です。すぐに前の馬車を止めて、ハンスさんたちに来るように伝えてください」
「っ! 分かった」
馬車が止まり、俺たちは二台の馬車の間に集まって作戦会議を始めた。
「道に魔物が八匹待ち構えています。その横の茂みの中に人間の伏せ兵が二十人ほど隠れています。それと、少し離れた森の中に一人います。
この状況から考えられることは、恐らく噂の盗賊団で、その中に魔物使いがいるということです。そして、俺たちが魔物に気を取られている隙に、弓矢や魔法で攻撃、次いで近接戦でとどめを刺す、といったところでしょうか」
「ううむ、厄介だな。森の中にいるのが魔物使いだな?」
「はい。こいつはポピィに任せます」
俺の言葉に、周囲の人たちは驚いた。
「いや、そいつは無茶だろう、危険すぎる」
「時間がありません。ここは俺の指示に従ってもらえませんか?」
全員が難しい顔で仕方なく頷いた。
「じゃあ、役割分担を言います。先ずハンスさんたちは前の馬車の荷台に隠れてください。なるべく荷物の間が良いです」
「分かりました」
「シュナさんは、魔法の準備をお願いします。狙いは左前方の茂みの中の盗賊です。茂みを燃やし尽くすつもりでお願いします。その後は、馬車の屋根の上から適宜魔法攻撃をお願いします」
「ん、任せて」
「ベンさんとキャリーさんで、魔物の相手をお願いできますか?」
「おう、任せろ」
「分かったわ」
「では、俺とジェンスさんで盗賊をやっつけましょう」
「よっしゃ! 皆、容赦なくいくぜ」
「「「おうっ」」」
皆がそれぞれの馬車に散った後、俺はポピィの両肩に手を置いて言った。
「気配を消して、後ろから回り込め。焦るなよ、確実に仕留めるんだ。それと、一番大事なことを言うからな、よく心に留めておけよ。もし途中で俺たちがやられたら、決して戻って来るな。そのままできるだけ遠くに逃げるんだ。いいな?」
「そ、そんな、あの……」
「いいな?」
ポピィは涙を浮かべて、唇を引き結びながら小さく頷いた。
「よし、行け」
ポピィは〈隠蔽〉のスキルで気配を消して、最後に俺の方を振り返ってから茂みの中へと消えて行った。
「さて、行きますか……」
俺は、ポピィが魔物使いの元へたどり着くまでに片をつける決意をして、御者席のジェンスさんの横に座った。
馬車がゆっくりと動き出す。前の馬車の御者席にはベンさんとキャリーさんが座り、ハンスさんたちは幌付きの荷台に隠れ、シュナさんは、御者席の後ろでいつでも魔法を撃てる準備をして身構えていた。
俺とジェンスさんは後ろの馬車で、いつでも前の馬車の横に出て行く心づもりをしていた。
そして、道に待ち構えた魔物たちが動き出し、三十メートルの距離に近づいたとき、
「わあ、魔物だ~~」
ベンさんが合図の叫び声を上げ、馬車が止まった。
(ど、どうでもいいけどさ、もう少し緊張感のある声を出してよ、ベンさん……)
「火の精霊よ、我が命に従い、数多の業火をもって敵を討ち滅ぼせっ! ファイヤー・バレットッ!」
御者席に立ったシュナさんの詠唱が響き渡り、十数個の火の玉が一斉に道路脇の茂みに放たれた。
ぐわああっ……ぎゃああっ……た、助けてくれええっ……
一気に燃え上がった茂みから悲痛な叫び声が上がり、その炎の中から体に火が点いた男たちが飛び出してきた。
ジェンスさんが馬車を走らせ、前の馬車と茂みの間に割り込んで、馬車を止める。そして、俺と共に馬車から飛び降りて、道に出てきた盗賊たちを無力化していく。
ベンさんとキャリーさんは、すでに馬車から下りて、道の向こうから走って来るランドウルフの群れに突進していた。ウルフの群れは十五、六匹ほどだったが、シュナさんがファイヤーボールで先制攻撃をしたので、十匹ほどに減っていた。
「くそったれっ! だから早く攻撃しろって言ったんだ」
「おいっ、魔法だっ」「矢で射殺せっ」
盗賊たちは大混乱の中、運良く火から逃れた者たちが、武器を手に喚き合っていた。
俺とジェンスさんは、道へ逃げ出してきた盗賊たちを打ち倒した後、前後から挟み撃ちにするために、俺が盗賊たちの後ろへ回り込む作戦をとった。
燃え盛っていた火がようやく下火になり、立ち上る煙のすき間から、馬車の方の様子が見えてきたとき、難を逃れた盗賊たちは驚きと憎しみのこもった目で前方を見つめた。
道の左前方には、全滅したランドウルフの死体が転がり、二台並んだ馬車の前には焼け焦げた仲間たちがまとめられてロープで縛られ、その後ろに四人の冒険者たちがこちらを睨みつけながら仁王立ちしていたのである。
「おいっ、盗賊ども、あきらめてお縄につくか、尻尾を巻いて退散するんだ」
「はっ、ふざけるなっ! この程度で我ら《闇の死神》が諦めると思うなよ。へへ……まだ、こっちはお前らの倍以上の人数がいるんだ。それに、とっておきの切り札もまだ残っているぜ。どうだ、逃げ出すか? もっとも、逃がしはしないがな、ふひひひ……(お頭、どうしたんすか、早く例の切り札の魔物を出してくださいよ)」
盗賊たちは、焼け焦げた茂みの向こうから、馬車の方へじわじわと前進を始めた。
俺は、ようやく気付かれないように盗賊たちの背後に回り込み、少しずつ近づき始めた。と、その時、背後から何者かが音も無く近づいてくるのに気づいて、メイスを構え直した。
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