第26話 ラマータでの最終日にあれこれやって過ごします 3

「ポピィ、自分のギフトは知っているか?」

 ダンジョンの転移陣の列に並んだとき、俺は小声でポピィに質問した。


 ポピィはびくっと肩を震わせた後、小さく頷いた。

「は、はい……わたしのギフトは……《暗殺者》なんです」

 彼女は正直にそう言うと、おずおずと俺の顔を見上げた。


「そうか。良いギフトだな」

「えっ?」

 ポピィは驚きに目を見開いて俺を見つめた。


「まあ、話は後だ。ほら、俺たちの順番だ、行くぞ」

「あ、は、はい」



 俺たちが転移したのは、小さな隠し部屋の中だった。


「ポピィ、ここからは、お前が前で索敵しながら進むんだ。戦闘になったら、俺が指示を出す」

「は、はい。でも、わたしにできるでしょうか?」

「ああ、できる。暗殺者のギフトを持っているなら、自分の気配を消して、敵が気づく前に察知できるはずだ。その能力を鍛えることが、自分の身を守ることにもなる」

「分かりました。やってみます」


 俺たちは部屋を出ると、一方通行の通路をポピィを先頭で進んでいった。


「はっ! この先、左に曲がった所に魔力反応があります。全部で……五つです」

「うん、よし、いいぞ。じゃあ俺が前で先制攻撃をする。お前は、すり抜けてきた奴を倒すんだ、いいか?」

「はい、分かりました」


 現れたのはゴブリンだった。数はポピィが言った通り五匹だ。

「よし、一気に行くぞ!」

 俺はダッシュで突撃し、直線上にいる二匹を串刺しにして走り抜ける。二匹はすぐに魔石とドロップアイテムを残して霧散した。そして、残り三匹のうち、わざと一匹を残して後の二匹と戦闘を始める。


 ポピィは呆気に取られて見ていたが、魔石とドロップアイテムが落ちているのを見て、つい今までの癖で、それを拾い始めたのだ。

 グギャギャ……。

 ポピィと戦わせるために残した一匹が、油断したポピィに気づいて近づいていった。


「おいっ、何をしているっ! 戦闘中だぞ!」

 俺は一匹を殴り倒した後、ポピィに目を向けて慌てて叫んだ。そして、残りの一匹も素早く倒し、ポピィの援護に向かおうとした。


 ポピィは俺の声にはっとなって顔を上げたが、すでにゴブリンは目の前に迫っていた。ゴブリンは嫌らしい笑みを浮かべながら、こん棒を振り上げ、そのまま振り下ろした。

 俺は声を出す暇も無く、ただ見ていることしかできなかった。


 ガキィンッ!

「きゃっ!」

 咄嗟にダガーで棍棒の一撃を受け止めたポピィは、二メートルほど飛ばされて地面を転がった。


「バカっ! 受けるなっ、避けるんだっ! 避けながら、どこでもいいから斬って、突けっ!」

「は、はいっ」

 返事をして起き上がろうとするポピィに、ゴブリンが走り寄って追い打ちをかけようと、こん棒を振りかぶる。

 ポピィは咄嗟に〈隠蔽〉のスキルを発動して気配を消し、飛び起きながらゴブリンから遠ざかった。ゴブリンの棍棒が何もない床を激しく叩いた。

「遠すぎだっ! ぎりぎりに避けて、脇をすり抜けながら斬りつけろ!」

「はいっ」


 俺のアドバイスを受けながら戦うこと2分、ポピィによって傷だらけになったゴブリンは力尽きて魔素の霧となって消えた。


 ハアハアと荒い息を吐いて膝に手をつくポピィに歩み寄り、巻き毛の頭を撫でてやる。

よく見ると、ポピィは小刻みに体を震わせていた。

「よく頑張ったな。もしかして、魔物を倒したのは初めてか?」


「は、はい……ハァ、ハァ……」

「そうか。まあ、座って水でも飲め」

 ポピィは俺の横に座ると、差し出されたカップを受け取ってごくごくと水を飲み干した。


「さっき言ったギフトのことだがな、お前、自分のギフトに忌避感を持っているだろう?」

「き・ひ・かん?」

「ああ、ええっと、なんか嫌だなあ、っていう感じのことだ」

「あ、はい……五歳の時から、ずっと、自分のギフトが〝嫌〟でした……わ、わた、わたしのギフトのせいで、お父さんも、お母さんも、村に居辛くなって……うう、う……村を出て引っ越すことになって、その途中で……と、盗賊が襲ってきて……うううっ……」


 ああ、もうだいたい読めた。ポピィの両親は、盗賊に殺され、ポピィは奴隷として売られた……前世のラノベで散々読んで胸糞悪くした、あるある展開だな。

(はあ……ポピィは、この世界では、高確率で遭遇する相手だったってわけか)


『それはどうでしょうか。やはり、マスターだからポピィさんと遭遇したと考える方が、納得できますが……』


(ん? なんか引っ掛かる言い方だな……なあ、ナビ、お前、本当は神と常に交信しているんじゃないのか? そして、厄介事にわざと俺を誘導してないか? 今から考えると、スノウのときも……)


『……とんでもない想像力ですねマスターいや非常識にもほどがありますよ神様と交信しているだなんてあはあはあはどうすればそのようなことが可能だと……』


(お前、本当に機械か? いや、そう言えば、ナビが機械だって思い込んでいたけど、はっきり聞いた覚えはないな。お前って、一体……)


「あ、あの、トーマ様?」

 ポピィが涙に濡れた顔で、おれを見ていた。


「あ、ああ、ごめん……そうか、辛かったな。でも、ギフトの本当の意味を知っていれば、そんな悲劇は起こらなかったはずだ」

「ギフトの、本当の意味……?」


 俺は頷いて、自分が構築しつつある《神が考えた効率的に人間を管理するシステム》についての推論を元に、ポピィに語った。


「うん。つまりな、《暗殺者》というギフトを与えられたからといって、暗殺者になる必要も、暗殺をする必要もまったくない、ということさ。ポピィは、全然違う生き方をしてもまったく問題ない。ただ、このギフトは、暗殺者にとって、とても都合の良い能力やスキルが与えられる。俺が、良いギフトだと言ったのは、そういうすごい能力やスキルをポピィが持っているからだ……言ってること分かるか?」


「は、はい。びっくりです。わたしは、将来、誰かに連れて行かれて、人を暗殺する仕事をさせられるんだって、ずっと思っていましたから……本当に、自分の好きなように生きて良いんでしょうか?」


 うん、そうなんだよ。この世界の人間たちは、まるで洗脳でもされているかのように、自分に与えられた《ギフト》に従って生きようとする。あるいは、周囲からそう仕向けられる。

 まるで、巨大な機械を動かすための歯車、ネジ、部品として生まれて来たかのように。


「ああ、いいんだ。だが、そのためには、自分の生き方を貫く強さが必要だ。誰にも、自分の生き方を邪魔させない〝強さ〟がな。

 俺は、その強さをできるだけお前に身に着けさせたいと思っている」


 ポピィは、いつしか目をキラキラさせて、前のめりになって俺を見つめていた。

「はいっ! 分かりました。わたしを鍛えてください、トーマ様!」


「よし、じゃあ二層を攻略するまで休みなしで行くからな」

「はいですっ!」


 こうして俺たちは、その日の夕方近くまで初級ダンジョンの攻略に励んだ。その結果、第四層まで到達し、魔石とドロップアイテムによる稼ぎは、三万ベル近くに上ったのだった。


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