第24話 ラマータの最終日にあれこれやって過ごします 1

 翌日、俺とジェンスさんたちは一緒に朝食を食べた後、別々の行動をとることになった。

「そうか、残念だな。今日もダンジョン勝負で夕飯を奢ってもらう予定だったんだが、あはは……」


 あははじゃねえよ、まったく……。そうなのだ。昨日の勝負は、当然アクシデントに見舞われた俺の負けで、四人に夕食を奢るはめになったのだ。なんか、俺って損な勝負ばかりやっている気がする。

『腹黒いのに、駆け引きは下手ですよね、マスター』

(……)


 まあ、それでも、犯人逮捕の報償金の一部と、ダンジョンで獲得した魔石とドロップ品を売ったお金、そして、ポピィの所有物になった《ギガントロック》の荷物と所持金で、夕食代を差し引いてもかなりの稼ぎになった。もちろん奴らの荷物のほとんどは道具屋に売り払ったぞ。男物の下着なんか、死んでもいらんっ!


 そんなわけで、この日はまず、ポピィの服や身の回りの品を買い、その後の予定は二人で話し合って考えることにした。


「よし、とりあえずシュタインさんの店に行くぞ。報告とお礼、そしてお前の奴隷契約を解除してもらう」

 朝食後、部屋で出かける準備をしながらそう言うと、ポピィはなぜか悲しげな顔でうつむいた。さっきまでは、昨日とは別人のようにニコニコしておしゃべりしていたのだが。


「ん? どうした、腹でも痛いのか?」

 俺の問いに、ポピィは首を振った。そして、顔を上げると真剣な表情でこう言った。

「トーマ様は、わたしのご主人様になってくれないのですか?」


 そうか、奴隷から解放されたら自力で生きていかなければならない。前世の記憶を持つ俺と違って、こいつは本当に幼い子供なのだ。不安なのは仕方ないことだった。


「安心しろ。俺の知り合いの宿屋で、お前を働かせてもらうように頼むつもりだ。いい人たちだから、きっと雇ってくれるだろう」

「そ、そうですか……ありがとうございます」

 ポピィはまだ浮かない顔で頭を下げた。


「まあ、とにかく、お前はもう自由なんだ。自由がいかに楽しいか、今日一日で教えてやる。さあ、行くぞ」

「は、はい」


 俺たちは、朝の光がまぶしい街の中へ飛び出していった。



♢♢♢


 先ずはシュタインの店に向かう。


「おお、その顔は無事に終わったようだね?」

 昨日と同じように、彼は店先まで出てきて俺たちを迎えた。


「はい、おかげさまで。ポピィの元雇い主は監獄に送られました」

「うん、当然だな。それにしても、よく頑張ったね。さあ、中にどうぞ」


 本当に貴族のように洗練された所作をしているよな、この人。笑顔の仮面の下にはどんだけヤバイ素顔を隠しているのか、想像もつかないけど。


「それで、どうするという結論になったのかね?」

 ソファに向かい合って座った後、シュタインが問い掛けた。


「はい、奴隷から解放したいと思います」

「ふむ……」

 シュタインは曖昧に返事した後、後ろに向かって指をパチンと鳴らした。すぐに黒いスーツをびしっと着こなした金髪美人やって来て、シュタインの小声の指示を聞くと頭を下げて去って行った。

 ほどなく、彼女は銀のトレイに飲み物を載せて戻って来た。


「どうぞ、飲みながら聞いてくれ。トーマ君、だったね?」

「はい」

「君に一つ教えておこう。〈奴隷〉という存在に対して、悲しく不幸だというのが世の中の大半の人の見解だろう。そして、そんな奴隷を商売として扱う我々〈奴隷商〉は、人間として最低な、蛆虫と同類な人種として忌み嫌う人がほとんどだ。ああ、いや、弁護してくれる必要は無いよ。そんな評価は覚悟のうえでこの商売をやっているんだからね……」


 俺が反論しようと口を開きかけるのを手で制して、シュタインは微笑んだ。


「……でもね、この世界には、奴隷になった方が幸せだ、という者たちが一定数存在するんだよ。なぜだと思う?」

「……奴隷にならないと、死んでしまうからですか?」

「正解だ。この街の南門を出て西にしばらく行くと、丘の上に共同墓地があるんだが、そこには遺体の焼却場もあってね。身元不明の遺体が焼かれて、大きな共同納骨堂に骨の一部が納められる。私がこの街に店を開いて十年近くになるけど、その焼却場の煙が途絶える日は、いまだかつて一日も無い。これが紛れもないこの世界の現実なんだよ……」


 遠くを見つめていたシュタインの目が、改めて俺の横に座るポピィを見つめる。


「……君がこの子、ポピィだったね、ポピィを奴隷から解放する。ポピィは自由だ。とても素晴らしいことだよ。だが、明日、ポピィはまた奴隷に戻っているかもしれない。それも自分の意志でね。それほど、小さい子どもにとって、この世界は厳しいものなんだ。それをぜひ、胸に置いていて欲しい」


「はい。それはよく分かっています。実は、僕も親はいるんですが、家が貧しいので口減らしのために自分で村を出てきたんです。もし食っていけないときは、奴隷になる事も覚悟していました。だから、ポピィには確実に生きていける場所を探してやるつもりです」


 俺の言葉に、シュタインは目を見開き、やがて口元に笑みを浮かべて聞いていた。

「そうか……大した奴だな、君は。あはは……よし、そこまで覚悟があるなら、ポピィの首輪と隷属魔法を解いてやろう」


「ありがとうございます! えっと、料金はどれくらい……」

 俺がそう聞きかけた所で、シュタインは首を振った。

「いや、要らない、と言っても君が気にするだろうから、銀貨一枚いただこう。今の君には大金だろうからね」

「すみません。お言葉に甘えます。いつか、何かの形でお返ししたいと思います」

「ああ、楽しみにしているよ」



♢♢♢


(何か、大きな借りができたな。でも、まあいつか返せばいいよな)


『それ、マスターの前世でよく言われていたフラグというものでは?』


(うっ、確かに……いや、いいんだ。フラグはへし折ることに決めている。さあ、次行くぞ、次……)


 さて、次は服だな。普段着は古着屋で何着か買えばいいだろう。下着類と靴は新品を買ってやろう。ということで、昨日から顔なじみの屋台のおっさんに、古着屋と庶民が利用する洋服屋の場所を聞いて、さっそく来てみました。


「はううぅ、トーマ様、わたしにこんな良い服は、もったいないですぅ」

 古着屋に入って、好きな服を選べと言ったとたん、ポピィは固まってしまった。


「……いいか、お前が惨めな格好をしていると、俺が困るんだ。俺のためだと思って遠慮せず選べ」

 俺の言葉に、ポピィははっとした表情になり大きく頷いた。

「はい、分かりましたっ! え、選ばせていただきますっ!」

 ポピィは最敬礼をして、服を見て回り始める。


『マスター、この天然たらし……』


(はあ? あのなあ、ああでも言わなきゃ、時間が掛かってしようがないだろうが)


 とは言ったものの、結局ポピィは目移りして決められず、短気な俺は、恥ずかしさをこらえながら、三着の普段着を自分で選んで買ってやる羽目になった。

 一着目は、半袖の生成りの木綿のブラウスに濃紺の厚手の木綿のショートパンツ。二着目は、やはり白い木綿の長袖のシャツと焦げ茶色のオーク革の丈夫そうなズボン。三着目は頭の方からすっぽり着られる明るい黄色のワンピースだ。

 普段に着るものとちょっとした作業の時も着られるものを選んだ。全部で六千八百ベルになった。意外と安い。


「よし、次は下着とお出かけ用の服だ。いいか、今度は男の俺は絶対選べない。お前が自分で選ぶんだぞ。下着は当面三セットあればいいだろう。お出かけ用の服と靴は、まあ、自分で気に入った物を一着選べ。ああ、靴は革のショートブーツがいいぞ」


「わ、分かりましたっ!」

 早速、半袖シャツと短パンに着替えてご機嫌だったポピィは、真剣な顔で返事をすると、店の中に入っていった。


「ど、どうですか?」

 真っ赤な顔でもじもじしながら、ポピィが問う。


「へえ……なかなかいいじゃないか。うん、よく似あっているぞ」

 俺は素直な感想を口にする。


 ポピィが着ているのは、木綿地で白い丸襟の水色のワンピースだった。スカートの部分が二重の布になっており、内部の布は白いひらひらした薄い生地だった。革のショートブーツもちょうど合うサイズがあったようだ。

 ポピィの髪は茶色のくるくるした巻き毛、目も明るい茶色だったので、水色のドレスは良く似合っていた。


「ト、トーマ様は買わないのですか?」

「俺? いや、必要ない」

「そんなこと言わずに、トーマ様もお好きな服を選んでください。わ、わたしにプレゼントさせてください、お願いします。お、お金ならたくさん……」

 ポピィは、例の三人組が残した十万ベル近くの金を持っていた。しかし、俺は首を振ってこう言った。

「いや、その金は、いざという時のために持っておくんだ。いつ、何が起きるのか分からないのが世の中というやつで……ああ、分かったから……じゃあ、その青いパンツ、いや、待て、俺が選ぶから……」

 洋服屋でのお買い物。ポピィのお出かけ用ドレス、下着三組、鹿革のショートブーツと俺のパンツ一枚で、お会計九千二百ベルでした。

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